日々想うこと

日々想ったことを綴っています

12月26日 国立病院機構の葬式ごっこ

父の入院していた二つの病院へ通っていてわかったことがあります。
たまに看護師は多くの人の死に接しているので、たじろがないとか、なんだのということを耳にします。そして、それがあたかも人間的な成長に通じているかのような解釈もあります。しかし、私が見た限りでは、それは大きな間違いで、実際にはそういった痛みを自分のこと、自分の家族のこととしてとらえる能力が欠けているだけのような気がします。
能力が発達していない小さな子供や、もともと感じる能力の無いパソコンのような人間が案外看護師に多く、人の死を紙のような薄さでしかとらえられないだけではないかという感想です。
一つの例として、最初の国立病院のKという男性看護師は、七月の末に苦しんでいる父の吸引を終えた後に「みまかられました。」と言った後こらえきれないといった感じでフッと笑いました。その場で殴ろうかと思いましたが、そこは病院、しかも四人部屋なので、廊下に出てから注意をしましたが、謝罪はありませんでした。
誰かにそそのかされているようにも感じましたが、たとえそそのかされたにしても、言って良いことと悪いことの区別もつかない。まるで、よく話題になる中学校のいじめ事件の葬式ごっこのようではないか?そそのかしたほうも、真に受けて言う方も、小学生か中学生並みの判断力くらいしかない、こんな連中が偉いのか?
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