日々想うこと

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1月1日 正月から暴発、大晦日も年忘れ暴走!希望が丘の追い出し屋達

年をまたいでの記事になります。
このしつこいストーカー益々人数が増えていくように見える。
年末は静岡方面に海産物を買いに行くと、やっぱり沢山着いてきて入れ代わり立ち代りねちっこくいびってくる。
市場でも商店街(残念ながら市場以外は閑古鳥が鳴いていた)でも先回りして「躁」とか「こましたの?」とか言われた。商店街では見覚えのあるタバコで色が黒くなったような薄汚いメガネの男が薄笑いを浮かべていた。途中下車した熱海の有名蒲鉾店でも店のばあさん達に「びっくりした、突然赤くなるんだから…」と言われ、買い物をしてもヘラヘラ笑っていた。
大晦日の朝は、例の親子三代でストーカーのアドケンさんのアイドリングで目が覚めた。
午前中は部屋の中を、そして午後から庭や道路を掃除したが、掃除を始めると冬はいつも閉めている道路側の雨戸が開き辛抱強く窓吹きをされていた。しばらくすると車を出してまたアイドリングを始める。
昨年前半、TOEICの勉強をしていると「英語ヤメロー」と何度か叫んでいたので、その真似をして「ソウカヤメロー」「コウアンヤメロー」と何度かつぶやいたら収まったが、結局、なんのために車を出したのかさっぱりわからなかった。
30日、大晦日と横浜のクイーンズ伊勢丹で買い物をした際も、その手の類の連中が寄ってきて「○○や××や△△(いずれも最近会った同級生)は俺が出したんだ…」と言い出したり、「○○を買え」とか指図してきたりした。レジへ行くと男の店員に「割れやすいのを包装してもいいですか?」とか言わせたり、おばさんに適当にあしらわせたりとしつこい。
五番街でも付きまとってきてよく聞く声の女が「これ、すごく評判悪いの、みんなに嫌われてるの、みんな家にいるのよ」とか言ってきた。
さらに家の中にいても見ているテレビの内容に糟野の娘が何か言ってきたり(例えばBSでロシアのシンクロの特集をやっていた際も、あのねっとりした気色の悪い声でそとからケチをつけていた。)、母親の補聴器に電波を飛ばせてカチンと来るようなことをしきりに言わせていた。

年が明けた。
富士山がきれいに観えた。
日が少し高くなってから初日の出に柏手を打って拝む。すると前の家から「お前が躁になるのが嫌なんだよ!」とか何とか言う凄い怒鳴り声が聞こえた。新春早々アドケンさんが発狂されたようだ。近所に精神科医がいるそうだが、うまく流せないのであぶなくて仕方がない、診てもらったらどうだろうか?厚木の病院を紹介したらどうだろうか?
その後、五十年以上行っている明治神宮へ。
希望ヶ丘の駅の中に入り母親がチャージをしていると後ろから帽子をかぶった若い男と、女が来て「一家でウツの頃に…」と言う。雰囲気は駅前交番の住人でだいぶ前にもからんで来た男に似ていた。
そうだ、神田の奥方も駅前交番に気軽に出入りしていた。その後、大和方面のホームへ行くとそばにいたおばさんが何か拍子抜けしたような顔をし横浜方面へ歩いていった。
12時少し前に大和の小田急ショップで新聞を買うとレジのおばさんが「これ乗らないのよ…」などと言い何度もバーコードを入れなおしていたが、正月早々いつもの遅延行為と先回りか?
小田急に乗っても横に座ったのがその手の連中のようで、特に途中の新百合ヶ丘あたりから乗ってきた集団の一人が「あけましておめでとう…とかやるのめんどくさい」と言っていた。日本人も落ちてきたなあ。
明治神宮へ行くと思い出すのが2000年前後にいつも拝殿の前で行列している時に後ろからねちっこく嫌がらせを受けたこと。私だけでなく、当時80代だった父にもやっていたが、これも希望が丘のこち亀のお仲間だろうか?
その中の一部の男女が偶然写真に写っていた。
今年もいたんだろうが、参宮橋から行ったので例年に比べると人は多かったが、2000年前後の原宿方面からのように延々と待たされることは無い。
どこでだったか表参道へ行くな、みたいなことを連中がいたが表参道へ。そうなると急に付きまといが激しくなって色々言って来る。なかで覚えているのは「屋台、たこ焼きでいいじゃない」「お袋を怒る」というやつだったが、どうも声に聞き覚えがある。よく絡んでくる近所の荒の息子のようだった?いつだったか、荒が公安なの、とか荒は民共、と言う声を聞いたが。「お前はしらねえんだよ!」という怒鳴り声も聞いた。中泉のケンか?

正月でもやっている店はあるが、それほど多くない、歩いているうちに渋谷に近づいた。その際に「日高屋の頃に」と言うのがいた。そうだ数年前に正月に新宿の日高屋へ行った。しかし、それも知っているとは。
日高屋の前あたりに小さな喫茶店風の店があってランチのメニューも出ていたのでそこに入ることにした。
モスバーガーのように先に金を払って番号札(といっても立てるやつ)をもらって席に着く。席に着く際に店のカウンターの中から「サーモン・サーモン・サーモンで躁」という声がした。公安はこんなところにも先回りしていたのか?半信半疑だが大晦日最後の買い物は、松原商店街で大量の身欠き鰊だった。その際にも後から来た数人の若い男が、鰊を買って躁!とか言っていた。
このしつこさ、大量の動員はやはり?
席に着くと後ろの男がやたらに喋り捲っている、トイレへ行きたくなったので聞くと地下だった。落ち着きそうなので移動。
しかし、地下で食事待っている最中も前にいた連中や後から来た連中も実はお仲間のようで、私と母親の会話を聞き途中でコメントをしたり、ありがとう、と言ってきた。






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