日々想うこと

日々想ったことを綴っています

4月11日 わかりあえない壁 その2

人間にはわかりあえない壁が存在する。
そして、お互いにそれなりの論理を持っている。
「国家の品格」に書いてあったと思いますが、短い論理は当てにならない、これこれこうだから自分たちは正しいというのは実は怖い、と。
カルトの教祖の「○○神にポアされて良かったね」というのもそのカルトの論理でしょ!
チベット族の話もそうでしょう。よく知らないけれども、チベットには固有の文化とかラマ教があるのに、それを尊重しないで漢文化が正しいとか、共産主義が正しい思い込んで押し付けているんでしょう。小学生にありがちな発想ですよ。
けれども、人間が本当に一つに理屈で動いているかは怪しいですよ。
例えば政治学を云々する人が、実際に自分が支持するのは、その人の政策ではなく自分と同じ県出身や同窓の代議士だったりするんでしょう。どうせ、
「あいつは、○×県出身」「あいつは、○×大学出身」だから応援しよう!
なんてやってるんじゃあないですか?まあそれも論理ですけど。
科学的を云々しても、その人の主張や論文の内容よりも、
「あいつは挨拶しなかった。」「同じ題名の論文を出した。」だから盗作だ!
なんてやってるんですよ。
自分の論文に自信があれば放っておいてもいいはずですし、本当に盗作と思うならば、堂々と論破してもいいはずなのに、自信がないから言うことを聞く弟子や若くて良くわかっていない連中相手に「殺してこい!」なんてやってバカにされるんです。面と向かうと逃げちゃうくせに、陰でわけのわかっていない子供を使って嫌がらせをする大人と同じですよ。
だから「国家の品格」には論理よりも情緒が大切だ、とあるわけです。
でも実際は、中国がチベットの独立を認めないのは、チベットがラマ教発祥の地として観光地としての人気があるから、という話もまことしやかに存在するわけですから、彼ら首脳部も本当に自分たちが正しいと思い込んではいないのかも知れません。
朝、頭が冴えていてもあまり変わりないか?
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