日々想うこと

日々想ったことを綴っています

5月21日 暇で?

今朝「安全気分社さん」というブログを書いたが、いつもより反響が多かった。当人が近所にいるようだ。
朝は、小学生の男子児童が我が家の前で「二俣川の特高だ、立ち位置を弁えないからやるんだ…」と言っていた。井ノ口、河原方面から来たようだった。
午前9時過ぎだったか掃除を始めると、二人のおばさんがやはり同じ方面から来て、「暇なの!」を繰り返していた。たぶん何処かに、図書館まで付き纏ってきて、特高はよほど暇なんだろう…書いたことへの報復だろう。
その後、庭で洗濯物を一部取り込んでいると、次の日のおばさんが車を出そうとしてどこかにぶつけた?ような音がした。もっとも本人は鼻歌を歌っていたが…
昼頃出かける。
「それやると死ぬよ」の吾妻東(仮名)が家の前にいて「随分マニアックだな」などと言っていた。商店街では中学生みたいな男が私を見て笑っていた、芝トラ?
瀬谷の海軍道路の16号寄りの処で、中年の男女がいてあちこち指をさしていたので試しにイヌと言ってみた。
次につきみ野近辺のブックオフに寄ると、なぜか店の敷地内で小さな女の子が自転車の練習をしていた。私が通りかかると父親らしき男が「やっば入れるじゃん…」と言う。
これも?わざわざそれを言うためにブックオフに来た?
その後、林間モールというところに行き着いた。初めて行くどころだが、やはりいる。
見てるの…とか言いながら着いて来る。一人が「病院の名を書いたからだよ!」とか言っていた。
やはり連中がときおり自白するように順天堂の公安か?それとも、私が90年代にいた空手の玄和会の公安がソウカを使っているのか?
そういえば、20日の午後5時過ぎに某コンビニ系の100円ショップで酒を買うと、前日態度の悪かったおばさん店員がなぜか愛想を振りまいている。普通に買い物をすると「変なことするの!」と女の苛立った声がした。
客になりすました生活課?

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5月20日 安全気分社さん

昼頃、なにやら近所が騒がしい。
何かと思ったら、また、光回線だかなんだか知らないけど、電線の工事だった。こうした工事にも紛れ込んでいることがある。十年以上前だが、この工事の男が会津磐梯山を歌い出し、その後何か毒づいていた。
ある日のおばさんの家のインターフォンを押して「○野さん、あれ順天堂です」とか言っていたが、以前は「順天堂の公安」とも言っていた。
少し前の話になるが、5月15日日曜日午前9時頃、家の外で「お母さんと一緒やって…」という男の声がした。
この声や話方の特徴にはっきりと聞き覚えがある。
記録を辿ると、2010年4月8日午前9時15分のことだ。市内59✕−7✕31からの電話で、出ると、安全気分社さん?と聞いてきた。
変な電話で、たったそれだけだが、まさにその時の男の声だった。
ネットで番号を調べると自動車関係の会社名が出てきた。その男はその会社から?とも思ったが、以前は某メガバンクの二俣川支店を名乗り、かの日のおばさんから電話をしてきたりしたくらいだからあてにはならない。

不思議なことだが、これを書いているとまた家の外で、中高年の男女の笑い声と、また行かなかった…という声がした。今は、21日午前6時半少し前だ。
早朝、というほどでもないがまるでスマホの中までのぞいているかのようだ。
カスノさんでよくあることだ。



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5月11日 この日

夕方、運動から帰って来ると、我が屋の前に青のホンダの車が止まっていた。
見たことのないオッサンが乗っていた。
家に入ろうとすると、おばさん×2が何か叫んでいる。ご近所の人の名前を言いながら爆笑していた。
約ひと月前に昼寝をしていると、やはりそのおばさんのうちの一人が家の前で叫んでいた。
どこからともなく、この日、という話が伝わってきた。
この日、って言っても俺より歳上だろう?
ぞわー!全身鳥肌!

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5月8日 ロマンスカーのストーカー

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これは私が言ったことでは無い。
夕食時にある商業施設内の食堂で、たぶん私よりも年下のオッサン(県警?)が言った言葉だ。
今日なんの日か知ってる?
警察を仄めかすストーカーは、母の日は関係無い。
むしろ、高齢者がいると攻撃しやすいらしく、喜び勇んで何処へでもわかるように着いて来る。
その点で、オレオレ詐欺や高齢者を狙うひったくりと本性はなんら変わらない。ウソもお得意。
箱根関所跡へ小田原方面からバスで往復。
小田原駅から少し離れたバス停から乗ったが、往路ではすでに乗っており「お前ゲロ吐くの…」などと言う。
写真は、復路で元箱根か、少し先からの乗ってきて私の後ろに座り「処女だから…お前は体は大人だけど頭は高校生なんだよ…」とか言ってきた若い男の集団の一人。言って来たのは、長年付き纏って来る男のような気もする。十年以上前に相鉄線内で車掌の服着て現れた「本間(どうせ偽名)」という男か?
その連中は小涌谷辺りで降りた。
帰りは箱根湯本駅からロマンスカーで。
17時23分発6号車で我々が座ったのは9番。たぶん前の男二人、後は通路を隔て左右に座った男女、そして通路を隔てた二列後ろの男二人がその一味だろう。
つまり五十代半ばの私と、八十代半ばの母親の二人に嫌がらせをする為にそれだけの人数、つまり税金を使っている。
座っていると後ろに並んだ男女が会話しながら、問題は何処で夕食を摂るかだ…と男。作れば…と女。私の耳元でゴチャゴチャ。
そういえば昼食を採った小田原駅そばの寿庵という蕎麦屋でも。注文した蕎麦を持って来た男が心なしに震えていた。変だなと思ったが、我々の横に後から来た小さな女の子連れの若い男が、我々が席を立つ際に「遠慮!」とか意味不明のことを言っていた。
話はロマンスカーに戻る。相模大野駅が近づくまで、後ろの男女だけがストーカーだと思っていた。
しかし、席を立ってドアの近くからその男女を見ていると、男女は目を伏せ、男の後ろにいた男二人が睨んでいた。すると、私の前の席辺りから「コウチョウだよ!」だか「トウチョウだよ!」だかという声がした。
コウチョウ?公安調査庁???先日は検察だったけど。
まあ、いずれにしても三十年一日の如く税金の無駄使い。
一日1万として…1億円以上…私も三十年以上前の新入社員の通勤初日から金太郎?に嫌がらせされてるわけだから、その位損はさせられているわけだ。
しかし、今日のようにたった一時間足らずでも6人も使うと…

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5月3日 追い出し屋グループの日本国憲法への挑戦 その2

しかし、この追い出し屋グループは、どんだけ弱いのか?
人数だけは多いが…車の運転もそれなりにやるのだろうが…
そういえば少し話は元に戻るが、三月に京都へ行った際に駅前の観光案内所で市バスの路線図が欲しいと聞くと、そこにあるなどと言われたが、その場所を見るとそこにはなかった。よくデジャブということを言うが、二年前に京都へ行った際も似たような事があった気がする。
希望が丘の追い出し屋グループは京都まで進出しているのか?
そして、清水寺か何処かへ行った際に、市バスの運転手に凄い勢いで睨みつけられたが、「また嫌なこと言って…」とか何か言っていた。そういえば、四、五年前に神奈中バスでやたらに態度の悪い運転手がいて、敬語使え!と注意すると、不貞腐れて「すいませんでしたあ」などと言っていた。同じ男が三ツ境のokストアの裏当たりで4トントラックか何かを運転して、私の前で何か生意気なことを言っていた。
つまり運転の得意な公安がバスの運転手に成りすましていた?
そして、京都まで行って市バスを???もっとも神奈中バスの男とは違う男だったが。
そういう特技があるようだが、たいてい権力の陰に隠れて威張りたいだけで警察関係者になったから、楽して人を陥れることしか考えておらず、体力的にも弱いし、酒も弱いし、頭も悪いし、日本国憲法なんてもちろん読んだことも無いし、新聞も読まなければ、ニュースも見ない。その代わりスリや年寄り相手の脅迫ばかり得意で、ろくなもんじゃない。女は変態が多く、顔どころか存在も知らないのにのぞかれたと騒ぐ狂言者もいる。
どうしてそう思うかと言うと、それは今まで書いているが、例えば5月3日の帰りの相鉄線(7時過ぎに希望が丘駅着だが)に乗り座って英語の本を読んでいると、前に二人の女が来てやたらにしつこく話しており、ときおり周りにわからないように嫌味を行って来た。1998年からこの手の嫌がらせを受けているが、こちらも多少は切り返す。
こういう連中は相手を攻撃するのは得意だが、攻撃されるのは慣れていないらしく、たいていイヌ!とか言うと黙ってしまう。
この日は、こっそりオブスさん!と言ってやったら、凄く嫌そうな顔をして「タシカニ」とかダイゴさんみたいなことを言って二俣川で降りて行った。その後、希望が丘に近づいたので降りようとすると、立っていた数人の男が「わからないようにやったら駄目だよ…」などと言ってなぜかこころなし震えていた。鉄道警察?下請け?
自分達は30年以上わからないように工作を仕掛けて来るが、自分達が同じことをやられると、それは駄目だという。
自分達は赤外線とやらで、私の家の中を覗いているくせに、例えば大雪の日などに庭の様子を写真に撮った際に、アドケンやカスノの家が少しでも写ると、すぐに大騒ぎする。
人を傷つけるのは大好きだが、自分が少しでも傷つくと大騒ぎする、そんな姑息な連中ばかり!


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5月3日 追い出し屋グループの憲法への挑戦

5月3日、言わずと知れた憲法記念日。
三十年以上前から姑息にも日本国憲法違反を行なっている、希望が丘の追い出し屋グループは相変わらず。
日経のコラムに畠山記念館の事が出ていたので、母親と行くことにした。
昼頃にでる。外には紅族の中泉がおり、次に地上げ屋商事が。
孤立死のご家庭の前の紅族、そして同じく追い出し屋の野村と次々と現れた。
高輪台駅から歩き畠山記念館へ向かう。
新聞のコラムに出ていたのでさぞかし多くの人が来るかと思ったが、それほどでもなかった。
たぶん特高警察や、ソウカかなんかの下請け業者が紛れ込んでいただろう。
畠山記念館は、荏原製作所の創業者の家だと言うが、だとすると相当な物。いわゆる日本庭園(なになに庭園とか、なんとか園)ほどには手入れはされていないが、起伏もそれなりにあり井戸の跡やあばら家(茶室用の家)なんかも数戸あり、昭和を思い出す。
このブログは、追い出し屋グループの犯罪の記録がメインなので、行った先の描写はこれくらいにしておく。
コラムにあった尾形光琳の躑躅などを観ているとヒステリックな女が何か言って来たが、その類の連中だろう。美術館だろうが、クラッシックのコンサートだろうが図書館だろうが、TOEICの受験会場内だろうが、県知事や総理大臣の演説中だろうが脚を引っ張る為ならなんでもやるのが特高警察。
一時間以上いて白金台方面へ向かう。記念館のそばに警備員がいたので方角を聞くと「狭い道で」などと言ってニヤリと笑う。これも?
続く

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5月1日 凍らしときます!

湘南方面へスポーツ車の皮を被ったママチャリで行ったのは、最長で大磯町まで。
それより近い鎌倉へはなぜか縁がなく、さぞかし遠いのだろうと思っていた。
しかし、今日思いついて向かう。
出発は午後1時過ぎ
行きは、戸塚を過ぎて大船へ向かう途中で、バイクのお姉さんに途を聞く。
感じよく教えてくれたけど、20〜30分走って女子高生集団に聞くと、戸塚駅方面に戻っていることに気がついた。
あの、マエケンにほんの少し似たお姉さんはウソを教えたのか?
もしかしていつもの…パタリ?いやコトリ?いやオトリによる騙り?
2000年には、栃木の山中でもやられた。
自分が勘違いしたのだろうが、戻る時に「もう終わり」という女の叫ぶ声を聞いた。
結局、40分位損をしてまた向かう…
大船の観音様を右手に大船駅を通過。
手広という交差点を過ぎて、深沢にそうてつローゼンがあったので水分補給。
また今度は、バイクのオジサン…と言ってもたぶん年下に北鎌倉駅までの途を聞く。どことなく中学の同級生に似ていた。
丁寧に教えてくれたけど、なぜか「あれ駐在」を連発。横にいたオジサンは、同じ方向へ行くよ!と言いながら、一度抜いた後はついぞ姿を見なかった。最も登り口までの話しかもしれない。
言われたとおりに梶原の駐在あたりから坂を登り、北鎌倉駅へ行く。
もしかして、コー…?
小さな山を越える途だったが、途中で白バイの警官が二、三度前から来た。
やっぱり?
北鎌倉駅へ無事到着、建長寺前に着いたのはちょうど午後四時。
ギリシャかどこの国旗を身に纏った外人さんがいた。
鶴岡八幡宮を過ぎて、小町通りを越え川喜田映画記念館では、原節子さんの特集をやっていた。
小町通りで、菓子を買い午後4時半に鶴岡八幡宮前から帰路へ。
信じ難いことだが、小町通り周辺の何処へ行っても付き纏ってくる。
鶴岡八幡宮の入り口では、生意気な高校生という感じの若い男が、囲まれてるから…と言っていた。
あの連中がソウカ系の興信所?
そういえば午前中に、メジャーの中継を見ていたら、アドケンさんが英語が嫌!とか何とか叫んでいた。
まあ、いつものこと。
帰り途は三時間位みた。何度か道に迷い、さらに途中スーパーで買い物をしたにも関わらず、午後6時10分位に自宅に着いた。
okストアで買い物を済ませトイレから戻ると、店員のオッサン(これは確実に年上)にソウカらしきおばさんが合図をすると、凍らしときます!とうれしそうに言った。
駐輪場には、脚を出した若い女の囮がいた。
それはともかく、信じ難いことだが、鎌倉は近かった。
二十年位前の正月に、走って行ったような気もしないでもないが、戸塚まで走り箱根駅伝を見たまでははっきりしているが、後は定かではない。

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