日々想うこと

日々想ったことを綴っています

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3月30日 小田急線のオタクな人達

用事があって新宿へ向かう。
三ツ境まで歩いたが、駄菓子屋の前で近所で、大声を出している生活課のようなおばさんが自転車で通りかかった。
待ち合わせまで、大和駅周辺で時間をつぶす。プロスの有燐堂へ行こうとすると近所で見かける人が下からのエスカレーターに乗っていた。本を眺めていると二人のおばさんが話ながら寄ってきて、私の周りに来て、エクソシストの頃にする…、教会に行け…とか言いながらさっといなくなった。

一時半頃に大和駅を出た急行新宿行きに乗る。
私達が座ったのは、10両目進行方向右側。前の席には、数名の若い男が座っていて、一様に下を見てスマホやらゲーム機のようなものに熱中している。そろって下を向いているので、妙な気がしたがともかく座る。いささか眠くなったので、うつらうつらしているとピカッと光ったような気がした。目を開けると前側のメガネの男が白いスマホを持ってこちらを見ていた。おかしいなあ、写真をとられたか?うつらうつらしながらも、窓から入ってくる光の様子をみていると、先ほどのピカは明らかに自然的なものではないようだ。おぼろげな記憶だが、私の持ち株の銘柄の一つを言ったような気もした。(あまり普通の人の会話には出てこない会社名だ。)
町田だったか新百合だったか、ともかく割りに早いうちに先ほどの集団はそろって下りた。降り際にそのメガネが「…をマスターしたら。」などと言い残していった記憶がある。

新宿駅に着き、ホームのOX売店で買い物をした。買い物をしてレシートをくれと言うと、パスモ以外ではレシートは出ません、などという。その時に下で朝刊か雑誌か何かをまとめていた男が、急に顔をあげた。
その後、西口から出て東口へ向かう途中で先ほどの電車内の秋葉系集団のような連中が出てきて、「西口だから…」「そうかそれで写真を撮ったのか…」「写真を撮ったのは…」「同じ人がやってるの…」などと通りすがりに言って来た。

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3月29日 ’98年のタヌキと脅し

朝7時ごろ、近所のおばさんの大きな声で目が覚める。また犬の散歩か?
天気が良い。時折庭に出て草をむしる。裏のアパートで引越しか?レンタルのトラックに荷物を積んでいる。男の声で「警察に言うから…、力持ち、吸うから…」などという声が聞こえてきた。
午後2時ごろ、選抜高校野球の横浜高校の試合の大勢が決まったので外出。
駅へ向かう途中で顔をしかめたメガネの男とすれ違う。
希望が丘の駅に着くと「お前のことが嫌いなんだよ!」「わかった?」などとライフの方から歩いてきた若いアベックが口々に言う。

みなとみらい経由で横浜職安へ。
暖かいので薄着で出てきたが、結構風は冷たい。3時頃セキチューで長袖のハイネックのシャツを買う。そろそろアウトオブシーズンのせいか780円が300円に値下げしていた。
途中のトヨタの中古車センターへ寄り道。ここは面白い。二人の男の人が眺めていたが、私の帰り際に一人が振り向いて「カッター」などと言う。

ハローワークの受付に行き「検索お願いします」というと62番の札を渡され「お二階です」と言われる。ハローワークはある意味で便利だけれど、あまり信用できない。私のように「指定」などと言われて十年以上付回されている人間にはとても冷たい。隣のおばさんが、印刷の枚数が一杯になったとかで係員を呼んだ際に小柄な初老の男の係員が「面接しろ」などとつぶやいた。30分ぐらいみたか?本当はもう少しみたかったが、思い切ってもう一度相談してみようか、どうせまたたらい回しにされるだけだ、と思いやめる。

4時45分頃に外に出て東海東京証券の前に行くと数名のスーツ姿の男が立っていた。そのうちの一人が、携帯を耳にあて私の方をジッと見ていた。
少し驚いた!
名前は忘れたが、1998年に石川町の郵便局内で、アルバイトをしたサンコーという会社の人だ。
そっくりだ、そっくり過ぎて違和感があった。14年位たっているのに当時のままのような感じなのだ。どことなく表情というか雰囲気が違うような気もしたが、よく似ている。途中でいなくなったアカシ君にタヌキなどと言われていた人だ。
あの会社では原と浅野というおばさん達にさんざんいびられ胃がおかしくなった。
その人も、なぜかその直前までいた空手カルトの教祖の真似?をして私をからかっていた。

でも今日は、結局その人も公安等の関係者だったのか?などと思わされた。
すこし過ぎてから場所を確認するために振り返ると向こうはまだこちらを見ていた。携帯を取り出してメモをしていると写真を撮られるとでも思ったのか、背を向けた。
目を携帯に向けている間にその連中はいつのまにかいなくなってしまった。

その後いつものように中央図書館へ行き、本を借りて西横浜までスロージョギングで行き、相鉄線に乗った。
大和行きの各駅だった。二俣川まで気がつかなかったが、18時半頃に二俣川につくと左横の四人がけの席にいて私の方を向いていたおっさん二人が、私の組んでいる足のギリギリの所を通ったので、足を引くと「こもってろ!仕事が増えてしょうがない。」などとつぶやいて先に下りた。

そういえば昨日も夕方、大和の商店街でマスクのおっさんが一人でブツブツ言いながらそばに寄ってきて「この辺をうろちょろしてろ!」などと言ってきた。

こういう暴力団みたいな脅しをやるところが嫌い!





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3月26日 健全な街 希望ヶ丘の病巣

希望ヶ丘には、病巣がある。いつ頃から出来たのだろうか?
私は何度も「希望ヶ丘に住めなくしてやる」と言われた。言った人間達の正体はわからないが、どうやら生活課とか公安とかの類らしい。あるいはマル暴だと刷り込んできたこともあった。
いずれにせよ、一部の警察か公安関係者が大きな顔をしすぎている。
私はこの連中に「希望が丘に住めなくしてやる」と何度も言われた。


希望が丘の追い出し屋(http://yuuyake10.blog71.fc2.com/blog-entry-327.html)他でいくつも書いてきたが、他にも具体例をいくつか挙げる。
昨夏も、夕方中央通りを自転車で走っていると、某スナックの前で中年の男がジッと私を見ている。いかにも、ここを通るな…とでも言いたげだった。毎日通るわけではないが、そんなことが何週間か続いた。
「バカ野郎!おれは40年前からこの道を通ってんだよ!」
と口元まで出掛けたが、それが始まった頃にメガネで長身の男がそのマスターらしき男に何か合図をしていたので、そのマスターには責任はないだろう。

やはり昨年、近所で昨日今日引っ越してきたような連中の家の前を通った際に「ここを通るな」などと言われたことがあるが、言った本人は家のドアかなにかに隠れていた。その辺にマル暴が住んでいると刷り込んできたが、その道などは小学生の頃から毎日通っている道だ。

商店街で買い物をすると時折妙なことがある。
以前は、駅前のつるかめで仕事の帰りに買い物をして帰ったが、行くとレジ係りが必ず嫌がらせのように、金額をいい違えたり、何かからかうようなことを言う。2003年ごろ、つるかめに入る時にバス停で屯していた年配の男が舌打ちをしていた記憶がある。別につるかめは、ただ指導に従っただけだろうが、気分が悪いので2005年以降一度か二度しか行っていない。HACにも行っていない。HACが出来てから2005年位までは医薬品関係といえばほぼHACだけだったが、それ以降は用事があっても別のドラッグストアに行くことにしている。それは二俣川でも同じだ。
http://yuuyake10.blog71.fc2.com/blog-entry-142.html参照

また、近所で買い物帰りの主婦と言った感じの女に「指定」などと言われた。その小憎たらしい言い方は、まるで小学生のようだった。そんな言葉を使う位だからたぶん警察の関係者だろう。
気に入らないから「指定」にして、なんとかそれに見合うようにでっちあげている、そんな感じだ。

昭和の終わりごろまでは、希望ヶ丘はいい街だった。人口が少なかったせいもあって、また私も若かったせいか、町を歩くと必ず同級生や、顔見知りの人に遭った。社会人になりたての前後には、最終電車に乗るとまるで同窓会のように同級生達に遭った。
他の区に住む同年代の人達に、健全すぎる街、駅前に交番もない町、などと半ば揶揄されていたほどだったが、本当に住みやすかった。
いったい、いつからこんな変な連中がはびこるようになったのだろうか?
健全な街だからこそ、そういった病原菌に狙われたのだろうか?

PS:これを書いた日に、書く前に風呂に入っていると裏のほうで挑発するような声が聞こえた。書いた翌日に中央通りで「チクショー、俺のこと書きやがった!」などという見たことのある男がおり、そのスナックの前には、おばさんがいて、私が通りかかると私の顔を見ながらドアを開けた。やはりこのブログを読んでいるのだろう。







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3月20日 弓成と希望が丘の孤立死の間で

午後1時過ぎに外出。徒歩で三ツ境へ。思ったより暖かい。
近所のオヤジさんにあったので軽く挨拶。
その後、ホルモンの前に数名の男が屯していたが、独特のひねくれた目つきをしてこちらを見ていた。私が前を通りすぎると苦々しい顔つきで「溜まったら!」などと言ってきた。
用事が済んで、買い物袋をぶら下げて三ツ境から帰る。
ライフの坂を上り地区センターの脇を上ると、3人の男子小学生が前から来て「ユミナリ…」などという。一人は見たことがある。

ユミナリ?最近終わったテレビドラマ「運命の人」の主人公の新聞記者の名は弓成だが。
3週間位前の月曜日の夕方、二俣川のみずほ銀行へ行くと、ATMの辺りで「ユミナリにする」とかなんとかいう声が聞こえた。

18日の日曜日、お墓参りの後に東京から東海道線に乗ると、座っている私と母親の前に四人位の若い男が来て囲むように立ち「胃潰瘍系だな!」「救急救命士」「保育士」「集中してるから」とかなんとかいい、ヤンキースのマークが入った黒い帽子をかぶった一人が、母親の前で、今どきのパンツが見えそうなジーパン姿で立っていて母親が顔をそむけたので軽く睨んでやったが、その男も「ユミナリ…」などとつぶやいた。たぶんいつもの秘密警察とかそのエージェントの類だろう。横浜駅に着いたのは17時45分。降りてすぐ戸塚よりの階段があった。
そうすると先ほどの小学生もその手先か?

話はそれたが、その後16時45分頃なつかしの母校の前を通ると、正門の前にサッカーの格好をした太った少ね…少年かと思ってよく見たら長髪の20代位の男だった。連れがいて気が大きくなってか、挑発的に私を見ていた。
そして、坂を下ろうとすると同級生の家の前に黒いエステマが止っており、運転席には目つきの悪い男が微笑みを浮かべながら下を向いていた。すると背後から「じゃあなウンコ人」(だっけ?)
という声がした。さきほどの太った若い子が言ったのだろう。

そうだ、数週間前に「また父親の大便の世話をしていた時になるんだ!」(実際はもっと下品な言い方)などと、陰険な感じの見覚えのある男にそばに来て言われた。

父親が入院する前に便の出が悪くなって助けていたことがあった。
それを知っているのは、家の中を覗いているか、外から様子を探っている人間。
それを笑いものにする。いったいどういう神経をしているのだろうか?
その男もいつかはそういう時がくるんだぞ!自分が介護するか、されるか!
公安だろうが、マル暴だろうが、生活課だろうが…
私が父親の介護をしていた時に笑いものにしていた連中も、いつかはそうなるんだぞ!

先ほどの太った男は、近所の子に似ていた。その父親は実は28年前に二俣川で肩が触れたのなんのと言って来て「お前、俺のこと知らねえのか!」などと凄んできたが、私に怒鳴り返された男だと、昨年だったか若い女が刷り込んできた。しかし、最近その女もそこの娘のような気がしてきた。
そして、その母親は元警察官だと私に聞かせるように廃品回収の人に言っていた。
(もっとも、本当かお芝居かは知らない。)

その後、中央通りに下りると数名の男が駅の方から来て、「凄いな」などと言っていた。

しかし、今日一日でいったい何人の秘密警察とか生活課とかエージェントの人達に会ったかはわからない。
昨日も夕方自転車で三ツ境へ向かう時に3台の白バイの警官をみた。

先ほど札幌の孤立死についての番組を見た。新聞やニュースでも報道されたが、希望ヶ丘で孤立死があった。

不思議で仕方がないのは、私に付き纏ってくる何分の一かでも、その家の人達に眼を向けられなかったのだろうか?

本当におかしい。昨日も申し訳ないが、白バイの警官を見て噴出しそうになった。
私の家には、新聞屋や宅配便の配達員まで使ってあれこれと嫌がらせをしてきたくせに、なぜその家には、そういった人や生活課を使って気を配ってやれなかったのか?

セールスにかこつけた嫌がらせも何度と無く受けたが、なぜそういった手段で様子をうかがわなかったのか?
X線を使ってまで盗聴しているという噂も出るくらい私の家のことは調べているのに、なぜそういう力をまともな方に使わないのだろうか?

痴漢のでっちあげや脅迫にはエージェントに使うくせに、なぜ困った人を助けるためにそういった連中を使わないだろうか?
???








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3月15日 軟弱な…

朝から外出。
希望ヶ丘駅の改札のところで「引っかかる」という女の声がした。ちょうど急行が行ってしまったので、階段の途中から声の主を確かめようと見たが角度的に見えなかった。

株式市場は堅調。
ただし一昨年からのギリシャに端を発するヨーロッパの信用不安で、だいぶ目減りした。
こうなることはある程度予想できたので、株が安いうちになんとか働いて買いましておけば良かった…かな?
株価チェックの合間に本屋などへ行く。
10時40分ごろダイヤモンド地下の有燐堂の前辺りを歩いていると、白っぽい作業着姿でメガネの小太りの男が「軟弱な…」などと言って笑っていた。ちなみに作業着は、まったく汚れていない。
作業着姿にあこがれて、OL風のいびりを旨としている軟弱な探偵だろうか。

昼は、鶴屋町のすき家へ。
すき家は、メニューに少し洋風が入っている。チーズのトッピングの牛丼を食べた。すぐ後に入って私の斜め正面に座った若い男がチラチラこちらを見ていた。また、後から正面に座った定年退職後のお父さんといった感じの人は、その日もう一度見かけた。

食事後、そごうの美術館で「京都細見美術館展」というのを見た。
本阿弥光悦や俵屋宗達といった、昔小説や映画などでなじんだ人達の作品が出ていて、その後に伊藤若沖、上坂雪佳といった絵師達の絵画が展示されていた。
江戸時代中期の作品には、ここからの作品は…という説明があったが、それ以前にはそういった表示が見当たらなかったので入り口付近にいる女性の係員に聞いてみた。すると、
「年代順になってます。番号もあります。書いてあるじゃあないですか!フン、キチ!」
などと、けんもほろろな答えが返ってきた。
こういった絵画というのは、もちろん素人だから適当に見ればよいのだが、そこから何かを掴もうとすると、結構時間がかかるものだ。

後場も始まっているので切り上げて外に出る。
すると作品をコピーしたハガキを売っていたので選んでいるとレジの方から「180円よ!ブタ、来るな!」などと小声で叫ぶのが聞こえた。1枚90円×2を選らんでレジへ行くとメガネのおばさんが「フン、それで良いのよ!」みたいなことをつぶやいた。レシートによると時刻は12時51分。
さきほどの係員といい、また生活科が紛れ込んでいたのか?
気分が悪いが、まあ犬に吠えられていちいち頭にきていたら身が持たない。
その場を離ると「ありがとうございました。」などと別のおばさんが丁寧に頭を下げた。

その後また株価をチェックする。
13時20分頃、本が読みたくなったので、五番街のマックへ。
3階へ行き、席につき本を読み始めると、中学生か高校生位のジャージ姿の四人組男子が横の席に来た。そのうち少なくとも一人は、膝上位までの短パンを穿いていた。
またいつもの…と思ったが、どう見ても中高生。断片的に、万騎中が…、希望ヶ丘が…、などと聞こえてくる。そういえば、いつだったか二俣川のサンハートでも万騎中生!などと叫ぶ男子がいたっけ?もっとも二俣川なら地元だから…

14時近くなったので席を立つ。席をたった瞬間にこの男子の間から「これから!」などという声がした。ゲッ!この子達も???
大引け近くまで見て中央図書館へ向かうために京急へ。
はっきりとは覚えていないが、京急へ向かう途中っだったと思う。さきほどすき家で前に来た“定年退職後のお父さん”が体でなにか言いたげに、私の前を横切った。






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3月8日 くっソー!

朝9時半過ぎに外出。
希望ヶ丘の駅に着く。券売機でパスモの残を確かめるとゼロ。
すると「いつも空のパスモを入れるんだから…」
とかいう声が聞こえた。

急行に乗り進行方向左のドア際に立つ、二俣川から女子高生が乗ってきて私の前に立つ。
またかよ…と思い、後にずれる。
確証はないがたぶんいつもの囮。
すると、お年寄りが乗ってきたため、シルバーシートに座っていた若い男が立ち上がり席を譲る。
あたりまえだ。
シルバーシートはお年寄りや体の不自由な人達の優先席。故意か偶然かわからないが、立った後でその男が私の肘を小突く。
横浜に着いた際に先程の女子高生を後からみたら、気持ちガニマタで歩いていた。やはり(笑)

株は難しい。
本当にそう思うが、自分との闘いという気がする。
「敵は我に有り」
まさしくそんな感じだ。
昼は、横浜駅から少し離れたジョナサンへ。
一度通りすぎた際に、携帯を耳に当てた男がこちらを見てから店の中に入った。
うどんにしようか?すき家もいいなあ?すき家の前を通りかかった際に後から来た若い女性集団が「春の新メニュー…」などと楽しそうに言っていた。

結局ファミレスならゆっくり本が読めるという理由でジョナサンへ。
通された席の隣に袴姿とその母親らしき年恰好の二人が座っていた。
注文をとりに来たウエイトレスが、注文を復唱した後で「優秀な…」などとまた脈絡にないことを言うので、料理を持ってきたときに軽く睨んでやった。会計に行く際に立ち上がると後の席の数人の若い女が「脳梗塞フフフ…」などと言うが、後から考えると先ほどすき家の前ですれ違った集団に似ている。会計では、若い男が「レシートはご利用ですか?」の後に「使える…」などとうれしそうに言っていた。

株は難しい。父親が残したので安易に始めたが、中途半端にやると下手をすると大損をする。
大引け後、求人のフリーペーパーをとった後で日産の本社へ。

色々車を見た後にリーフのところへ行くと、女性のアテンダントさんが丁寧に説明してくれた。
日産を後にしてそごうの方へ向かうと、走れ!という声が聞こえてきた。
きれいな女性とお話して、ハイになって走れってか?
二十年くらい前に走ったのは、タミフルの話みたいに薬を飲まされたから!
そごうを見て、相鉄線へ。

電車待ちで並んでいると「吸うから」という声が後で聞こえたので振り向くと社会人になってごく日も浅いというような女二人。一人はメガネをかけていた。電車が来ると、その二人は私の真横に“後から”座った。
その二人のおしゃべりは並んでいる時から止まない。時折、メガネの女が私の方をみていたので、そちらを見ると“やっぱり”などと言う。その後ずーーと話っぱなし。これも一つの手口だが、二人でおしゃべりを続けながら、時々挑発するようなことを言い、いらつかせて逆上させるとやり口。
いぜんバイトで原と浅野という二人のおばちゃんにさんざんやられた。
途中で「コーアン?」と聞いたが返事が無かった。

私の考えによると、この二人は囮で回りに仲間がいるはず。
希望ヶ丘で降りる際に、私が立ち上がる前にそのメガネ女は自分のかばんを引き寄せた。
私は立ち上がり、道を開けようとしない乗客の人達をかき分けて降りた。
その際に若い男の「くっソー!」などという呟きが聞こえたので、たぶん集団で…
午後6時50分ごろ。



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3月1日 圧政に苦しむ

昨年のいつ頃だったか…
どこかで言われた言葉が耳に残っている。
「圧政に苦しむ県民をやれ」
ほんとうにそんな感じだ!
今日は朝から外出。
相鉄ローゼンの前を通りかかると中学時代の同級生似の女性が、坂を走って上っていく。
たぶんエキストラだろう!しかし、その金はどこから出ているんだろうか?
パチンコ屋の前辺りでは隼人の服を着た生活課らしき二人の男が、
「中学生なかに入ってるの」
などとすれ違いざまに言う。

9時40分頃、希望が丘駅に着き券売機で切符を買っていると、
「行ってらっしゃい!逆に追い出してるの…」
などと横でおばさんと若い女が言う。たぶんこれも…途中でそれらしい二人を見たので尾けてきたか?

ホームに降りると、真面目そうなメガネの中学生位の女の子がまた例によって私を見ながら靴下をたくし上げる。その証拠にすぐ後ろには相鉄の制服を着た男がいた。(その男は二俣川で降りた。)
9時59分(車内放送を憶えている)に横浜に着くと、改札のところでそれらしい男が、
「痴漢の防止」などと言っていたが、「痴漢の捏造」あるいは「のぞきのでっち上げ」の間違いだろ!
15年位前にゲルマニウムまで飲ませても何もしなかったのに、いまだにそんなことを言っている。

この辺の執拗さが、警察が「ああ無情」に例えられる所以だ。
その後、高島屋の前辺りだったか?
「すいませんね、すいませんね三浦さん」
などという声が聞こえた。今日は交番の前で托鉢のお坊さんがいた。

三浦さん???空手の教祖の本の影響で読んだ三浦つとむさんの本のこと?
じゃあ講談社を“指定”にすれば?
あの本は講談社の新書で40年位続いているロングセラーだよ!
しかも読んでたのはバブルの頃だ!

株価をチェックする。
最近ニッケル水素電池に興味があるので、ヨドバシで見てみる。
入り口を入りすぐに電池売り場があるのでそこへ行く。後から中国語を交えて会話をする数人の男女が来て、店員に説明を受けていた。横で聞いていると突然その中の女が、
「ねっ!あの人じゃあないでしょ!」
などと言う。
でも関係はあるよな!一昨年の11月にも現れたもん!あいつ。

前引けより前に見切りをつけて今日の外出の目的の確定申告の会場へ向かう。
途中でコンビニによりおにぎりを買う。みなとみらいの映画館のそばで「今日は映画の日ね!」などと女性の二人組みが言っていた。
確定申告の会場のそばでは、前からきたスーツ姿の二人の男が、次々と肩をぶつけんばかりの勢いで歩いてきた。前回も似たようなことがあった。
2週間ほど前に最初保土ヶ谷税務署へ行ったが、質問はみなとみらいの会場でしか受け付けないと言われて来たが、質問を受け付けてくれた若い担当者に「いやらしいの」「そう(躁?)ですか」などと脈絡の無いことを言われ、不愉快な思いをしたので、今回もそれなりの圧政を覚悟してきた。

しかし、担当者は最初はおどおどしながらも、丁寧に違っている箇所を教えてくれ書き直しとなった。しかし、その人は、横に質問にきた男の人と長く話し込んで、途中で書き方を聞いたら気色ばんで雑な言い方に変わり、横の人が「今みたいな聞き方で聞くんだよ」などとささやいた。
結局その担当者は、書き終わる前にいなくなり結局チェックも受けずに終わった。
提出時にも受け付けた人に「洗った後をやる」などと意味不明なことを言われた。






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