日々想うこと

日々想ったことを綴っています

11月29日 30%病んだ

夕方、用事があって都内へ。
渋谷駅を降りると赤い羽根の共同募金をやっていたので、手元にあった小銭を入れる。
すると、「○×△にする」という近所で聞いた事のあるクソ生意気な太い男の声がした。
どうせ特高かカルトのエージェントの興信所だろう…と、振り向くのも面倒なので通り過ぎる。それに、この間の箱根でもそうだったが、この連中たとえ声の主をこちらが見つけても、寝たふりをしたり、携帯やゲームの世界に入り込むフリをしたりして逃げる。
午後5時ごろ松屋へ行き軽い夕食を。
店に入ると中国語らしき言葉を話す人たちが片方の券売機の前に並んでいた。もう片方で一人待って牛飯野菜セットの食券を買い、そのままトイレへ。時刻は17:05となっている。
その際に何か言われたような気がした。
最近、どの牛丼店でもデフレ競争をしているので安くて助かる。
食べ始めると、黒ぶちのメガネをかけた若い男が後から入ってきて私のすぐ横に据わりながら食券を出しながら、
「30%(サンジュパー)やんだ」と聞こえたが意味はわからない。
私が、ドレッシングや七味やら醤油やら色々とっかえ、ひっかえ、かけていると、なにやらビビッた様子で一席ずれる。
その様子で先ほどの言葉が私に向けられたものとわかった。
なんだか、テレビドラマみたいだなあ、どうせコイツは、ただ伝言を頼まれただけで、犯人は外にいて…
などとあれこれ考えながら飯を食い終わり、腹いせに「いやお前のせいで40%だ!」と言い残し店を出たが別に大した意味は無い。
その後、エコポイントが来月から半分になるなどと言うのでビックカメラへ行くと、こんどは女の声で「伝言は伝えた」などという声が聞こえた。
???伝言は伝えた?食事は食べた、みたいだなあ?まあいいや。
そんなことよりも、しつこい特高の類!

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11月28日 22拍手

思いついて二年前のブログを見てみた。
気がつくと「2008年10月29日 痰の吸引」に22もの拍手をいただいている。
たぶん私が父親にオムツを当てた際に、自分もはいて一晩過ごしたことや、痰の吸引をした際に、自分でも鼻からカテーテルを突っ込んで吸引をしてみた…などと書いたことに共感していただいたのだと思います。
拍手を下さった方々は、もうこのブログを読んではいないと思いますが、遅れましたがありがとうございました。

ついでに、「ああ無情にする」なんて気取った台詞を考え付いた感性の薄いインテリ連中や、その手下の若くて頭が空で何もわかっていないくせに、やたらに人を見下す暴力団気取りの特高の連中も、そういった人生を送ってみれば良いのに。
簡単ですよ、ああ無情の主人公みたいに、パンを…

あッ!そうだ、最近の特高は集団でスリもやって、警察とグルになってもみ消すんだった。
2003年12月7日、伊勢佐木町のオデオンのインターネットカフェで財布を掏られたけど…
2009年1月23日分 真冬のスリ 参照
伊勢佐木町の交番に届けたけど、お巡りさんも、逆に犯人を知っているような応対だったもんな!
電車がある時間だけど、帰れないから電車賃500円貸してくれと言っても
「貸せません!タクシーで帰って、家についてから払ってください!」
ときっぱり言われたっけ。
最近ようやくあの時の警官の態度の意味がわかったよ。

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11月28日 笑わせるな!

夕方の4時過ぎ瀬谷区某所の床屋へ。
床屋に入ると、散髪中の坊主頭の男と目が合った。その後、私は、そこに置いてある雑誌に目をやる。その男か、横にいた男かはわからないが「ちゃんとしたら…」「仕事するんだ?」などという言葉が聞こえてきた。
最初からそんな気がしたが、たぶん特高の類だろう。

前にも書いたが、今はまったく儲からない株式の売買をしているが、2008年までは、週に何回か職安へ行き、相当数の求職活動をし、落ちた。落ちたのはよいが、明らかに第三者の介入という形で落ちたのも多い。
のみならず、グッドウイルや○通という日雇いのアルバイトなどをやっていても、横槍を入れられ、露骨に干された。
干される?
そうだ1997年頃にお茶の水の順天堂医院で掃除のアルバイトをしている時に、何度か白衣姿の男達が「後は、乾かすだけ!」と何度か言っていた。
乾かす?
当時は、わからなかったが、干す、の隠語だろう。
彼らの正体は?
1. 特高!つまり公安の類。
2. 順天堂にいる空手カルト玄和会の大幹部・近藤成美准教授の佐賀医大の後輩の医師達。
どちらかだが、2000年5月に県警に相談に行った際にヘラヘラ笑いながら警察の端っこに似たような類の連中がいたので、たぶん特高の類でもちろん玄和にも関係しているだろう。
つまり、彼らは意図的に妨害しておいて、説教するという質の悪さだ。

この10年で一社だけ1年以上続いたが、そこは引越しの業者でたぶん社長が男気があったせいで、1年8ヶ月お世話になった会社があったが、そこでも横槍は相当なものだった。
働く機会を奪っておいて、「あいつは働いてないから…」などという噂を方々で流す。

しかし、彼らのサディスト性は、そんなものではない。

私の父親は、約二年前に他界したが、国立の横浜医療センターに入院中に、いびられていた。
私が知っているかぎりでも、四人部屋では、知らない患者がカーテン越しに、父親の株式の売買益や、我が家の家族構成を言い。その3年前に他界したおじのことも言っていた。(よほど我が家に詳しい何者かが言わせていた。)

ナースステーションにはとても医師とは思えない、目つきの悪いヤクザのような白衣姿の男がおり、(2008年11月1日参照)男性看護士川口は、吸引した後に「みまかられました」などと言って、噴出していた。総合受付では、介護関係の書類をもらうのにも免許証の提示と、勝手にコピーをとり始めた、注意すると一応わびたが、その女性事務員はすぐに高飛車な態度をとった。
退院の日に、確か、ゆい、とか、まい、とかいう苗字の年配の男の事務員が「この病院へは紹介で来たの…」などとこばかにしたような様子で言った。(救急車で運ばれた日にもその事務員はいたが…)

80代後半で、歩けない、食べられない、満足に話せない入院中の人間を、病院の内部にまで手を回して虐待する。
強い人間には手を出せないが、弱い人間にものすごく強い!これが、現代の神奈川特高と空手カルト玄和のやり口だ。

床屋の話に戻るが、その最初からいた坊主頭の男は、私が終わってもまだ散髪?中だった。


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11月24日 「ああ無情」にする

私は、本が比較的好きで中学生の頃から色々な本を読んできた。
しかし、買うのも好きでもちろん金に余裕があるときの話だが、買っただけで読まない本もたくさんある。
金に余裕があったわけではないが中学生の頃に「ああ無情」(レ・ミゼラブル)という本を買った。しかし、なぜか読めなかった。この頃は、買った本はたいてい読んだものだが、なぜか読めなかった本の一つだ。
1998年頃だったか、当時英語の勉強を始めたばかりで横浜市の中央図書館へよく通った。TOEICや英検などもさかんに受け、ハローワークの求人票の資格欄の、TOEIC何点以上や英検何級とかを頼りにして、たとえば600点をとれば仕事につける、などと本気で思って必死で勉強していた。

その頃だったと思う。「ああ、無情にする」などという声を何度か聞いた。
もちろん誰かが、刷り込んでいるのだが、意味はわからなかったが、「どうせ感性の薄い空手カルト玄和の南郷や、東大系の連中が頭の中だけで考えて、他人の人生をおもちゃにしようとしているんだろう」程度は考えた。
しかし、ふたたびその本の題名を聞いたのは思いがけない場所だった。

その場所とは、2007年4月14日、差別と言えるほどの度重なる就職活動の妨害の相談で行った関内にある労働時間相談所という所だ。そこは横浜職安からの紹介だった。
そこの頼りになりそうな年配の男性相談員さんが、この本の名前を出した。私が読んでいないと言うとすごく驚いてあらすじを話してくれた。
その人によると「パン1つを盗んでとして犯罪者となった男が更正し、市長にまでなったが、更正したあとも刑事にずっとつけられ、最後にはまた犯罪者にさせられる。」そんな話だったような気がした。
なぜその人がその本の話をしたのかはわからないが。
東野圭吾氏の「百夜行」というドラマの武田鉄矢氏演じる刑事にも似たようなところがあると聞いたことがある。
私は社会的にはまったく沈みっぱなしだが、この10数年の毎日は本当にそんな感じだ。

先日は、箱根だ。登山鉄道や、ケーブルやロープーウエイは、何十分待ちが乗り換えるたびに続いたのに、しっかりとロープーウエイ待ちや、中にまで、ストーカーがついてきた!あの執念深さには、本当に恐れ入る。このことは、また後日書こうと思う。
いつも書くが、彼らが使っているのは税金ではなかろうか?

今日は、午後4時前に新幹線の脇を自転車で走っていると、「母べえ」に出てくる意地の悪い、贅沢は敵だ!運動の国防婦人連合(だっけ?)のようなおばさん達が、「ヒヒッ!あいつ、慣れちゃって何でも売っちゃうよ!」などと言っていた。

また二俣川の大池方面から駅へのバス通りを17時10分ごろ走っていると、後でクラクションがなり、白い横浜ナンバーのセダンが走りぬけ、信号待ちでは横に来られない様にぴたりと幅寄せしていた。7○××

これは、ちがうかなあ?

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11月17日 特高と空手カルトからの電話

朝8時45分頃だったか、セールスの電話がかかってきた。電話に出て断っても、しつこく勧誘してくる。いつもだったら、面倒なので電話機を切るのだが、昨日はそうせずに話を濁していると小声で「…の躁鬱」などと言う。考えてみるとその声は聞き覚えがある。
2006年の初夏だったか、日雇い派遣のグッ○ウイルで働いたことがあったが、携帯が鳴り、電話に出ると「物流で!」などといきなり言われる。「はあ?」と聞き返すと「グッド○ィルです。」などと言い直し、仕事の内容は忘れたが断ると、急に刑事のような口調で「やらないって」と言ってポンと電話が切れた。その前に「仕事があるので横浜の事務所に朝7時に来てください。」などと言われ、行くと、結局1時間位待たされて、帰されたことがあった。1998または‘99年や2001年にも日○の渋谷物流でも同じようなことがあった。
日○の場合、最初は偶然だと思っていたが、二回目は偶然ではなく明らかに意図的に干された気がした。
2007年だったか、転職フェアで話を聞いた某損保から後に電話がかかってきたが、その相手の声はどうも空手カルト玄和の東大OB・Mのようだった。
また、2004年の今頃だったか、TOEFLという英語の試験を受け、東京にあるT大の合格基準に達したと、先方から電話をもらったが、行くことに興味がある、と言うと突然相手の口調が変わり横柄な口調になった。しかし、その時名乗った相手の事務員の声と、翌年2月頃に説明会で聞いた相手の声は明らかに別人で、その時の電話の声は、空手カルト玄和の大幹部、近藤成美順天堂准教授によく似ていた。
また、1999年の8月にハローワークから応募した会社に合格した後で、同時に履歴書を出していた会社からかかってきた電話も近藤の声によく似ていた。
今日の夜8時ごろ外で電話をしているような声がした「また、キタノ(仮名)に行くの…よろしくお願いします…」などと言っていた。外に出てみると、空手カルトの草の家のそばの角を男がこちらを見ながら曲がって行った。
キタノ(仮名)とは、父が入院していた国立横浜医療センターにいたリハビリの医師で、ときおり父を小ばかにするようなことを言っていたが、父は彼をFBIつまり公安関係者、ここで言う特高だと言っていた。
私も思い当たる節がある。
特高と左翼系の空手カルトのコラボ…なかなかえぐい組み合わせだ。

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11月14日 王将にて

十日くらい前の木曜日、あるところの王将で昼食をとった。私が店に入ると待ち構えていたかのように店の前にいた短髪でジャージのズボンをはいた男が続いて入ってきた。
「カウンターになさいますか?テーブル席になさいますか?」などと聞く女の店員さん。
「テーブル席でお願いします。」と私。
続いて入ってきた男に同じように店員が聞くと、
「カウンター」とその男は答えた。
その後、しばらくして気がつくと、店員を呼び出したり、店長と思しき人を呼んだりしてその男がなにやらクレームのようなことを言いだした。不思議だったのは、カウンター席の隣の男とまるで友人かのように親しげに話していたことだ。さらに、大きなジョッキでビールを持ってこさせて二人で飲み始めたので、もっと大きなジョッキは無いのか?などと言っていたのだろうか?傍若無人な態度と、ときおり自分を誇示するような歩き方で、携帯を耳に当ててせわしなく店の外に出て行く。
私が、食事を食べ終わって一服していると、おもむろに後をふり向き目を細めて店内を見ていた。私と目が合ったが、思わず見返してしまったが、何事も無かった。
ふと、考えた。そういう人がなぜ大きな態度を取れるのか?
それは、なにか後ろ盾があるのだろう。
では、特高がなぜ偉そうにどこにでも現れ、いきがれるのか?
やはりとても大きな後ろ盾があるからだ。そうだ、特高は、暴力団と同じだ。
会計を済ませる際に、ポイントカードは、王将があまり家の周囲になく行かないので要らないなどと、女性店員と談笑し、店を出ようとした瞬間、背後からさきほどの男の声が聞こえた。
「態度は、良いよ!」
ゲッ奴も…???

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11月11日 二俣川の特高

昼の12時ごろ、二俣川の三井住友銀行そばのなんとか水産という居酒屋で昼食をとる。
店に入ると、店の入り口の席の数名の男が何か言う。店の女性店員も「~だから大丈夫だよ!」などと言う。
そこはセルフサービスでご飯や味噌汁がお代わり自由。その後、その男達の伝言板のような形でその店員が何かを言う。食事が終わり帰ろうとするとその男達の一人が「うつりもしない」などと言う。たぶんこの連中は、戦前で云うところの特高のようだ。

しかし、そういうのがわかるようになったのは最近だ。
3、4年以上前だったが、そのすぐそばの角の定食屋で昼食をとった際に斜め前にいた土木作業の人のような作業着を着た数名の若い男の一人が生意気な目つきで私を睨み、その後、店の女性店員に何事かを言うと、その店の主人らしき人と、女性店員が急に私を小ばかにしたような態度をとったことがあった。しかし、その連中の作業着はまったく汚れていなかったような気がしたので、たぶん暇な特高の類だろう。

今年の6月ごろだったか、駅の反対側のドラッグストアの前あたりで、陰のある感じの若い男がドスを効かせて「この近くで…」などと偉そうに言う。

そうだ26年前の1984年、そのそばで、後から来た男と肩が触れたの触れないので言い合いになったことがあった。「お前、俺の顔を知らねえのか!」と凄い勢いで言われたので「知らねえよ!」と言い返したのは憶えている。
このことを昨年あたりから頻繁に思い出させるような刷り込みがあった。そして、実はこの男がヘビのように執念深く、我が家のすぐ近所に移り住んでいるという話も聞いた。思い当たる節もある。

昨夏ごろだったか、普段猫のように大人しいそれらしき男が
「お前のことが気に入らないんだよおお!」
などと我が家の前で大声で叫んでいた。
26年前のことを今ごろになって蒸し返す、そして何度でも何十年でも…。
たぶんこの辺をネタにしていると思う。

追記:11月15日 午前11時前に旧二俣川長崎屋のドンキ○×テの2階へ行くと、Yシャツ姿の若い男が携帯を耳にあてそばに来て、「露骨に書く」などと言う。店内には「2階、女子トイレ99」などという館内放送が何度も何度も繰り返し流れていた。このブログとの関係は?

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11月9日 踊れ!

昨日、ブログを投稿したすぐ後に家の外で肉屋という男の声がした。肉屋といえば坊主か?(以前、肉屋の坊主というブログを書いた。)
夕方、四時少し前だったか?厚木街道を自転車で走っていると三ツ境の商店街の手前で、前から何人もの紺系のブレザー姿の高校生らしき連中が自転車で走ってきた。気のせいか、皆私を見ているような気がした。
商店街に入ると同じような制服だが赤いネクタイをした男が「踊れ!」とすれ違い様に小さく叫んだ。これが、特高の変装か、エージェントの類かはわからないがたぶん私に向けられた言葉だと思う。
そりゃあ天下の神奈川県の特高警察の卑劣な人権侵害を書くのは気が引ける。友人も含めて十人いたら、ほぼ十人が特高の言いなりになる。そりゃあ誰だって秘密警察なんて敵に回したくないからあまり気にしてない。
むしろ協力者になってしまった友人には、悪いような気もしている。しかし、あまりに得意げだったので同情はしないが…
2007年に7月6日に横浜市の人権擁護委員会に相談に行ったが、その前日つまり7月5日に相談に行った際に予約を受け付けた若い比較的小柄な男が、2008年の年末だったか?年金のことで横浜の社会保険事務所の受付に含み笑いを浮かべながら現れた。つまり、人権擁護委員会だろうが、社会保険事務所だろうが、平気で理屈をつけて入り込み、個人情報を入手することが出来る連中、だから特高だと言っているんです。
今日のニュースでAPECの警備の厳重な警備ぶりに、町の人の声ということで「あんなに過剰に警備をして経済効果があるんですかね?」という疑問の声があったが、あの執拗な特高の連中ならば、身元を洗い出して犯罪をデッチあげるなんてこともやりかねない。ちょっと心配になった。
さて、毎日、踊るかな!

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11月8日 ブログの反響

最近?このブログについての反響が多い。
もちろん相手は、特高か空手カルト玄和のエージェントの類だから表立ってこないが、執拗なことヘビの如し、態度の悪いこと爬虫類の如し、だ。
11月1日のブログについても、本日夕方自転車で走っていると二俣川で「○○さんの家の帰り!」などと叫ぶ女ありき。○○さんとは11月1日に遊びに行った知人の家の人で、その帰りならあの悪質な相模ほナンバーのシエンタのドライバーのことだ。
はっきりナンバーを書けって言うのか?
昨日は、帰りの相鉄線で目の前で「また、准教授近藤で…」などと言う若い男がいた。よく見なかったが、中学生か?
ともかく特高は神出鬼没。どこにでも現れる。資生堂パーラーから病院や葬式や火葬場の売店にまで現れる。
もちろん僕らまたは私達は特高です!などといわないが、自分達が正しいという所から始まり独特の論理を展開する頭脳を持ち、下っ端達のあの若い癖に人を人とも思わないような態度は、小学生並みの脳を洗脳されているとしか思えない。
三ツ境、希望ヶ丘近辺では隼人の制服などを着て現れることもあるが、まるで見下したものの言い方をする。

先日、といっても10日以上前だったか?午後出かけようとすると以前書いた、家の前で叫ぶ近所の中学生に出くわす、相手はバツが悪そうに下を向いていたが、自転車でしばらく行くと、スーツ姿の若い男を見かけた。コイツが、何年も我々親子に嫌がらせをしている特高の伝書鳩か?

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11月1日 悪質なドライバー

夕方、知人の所へ行き、帰りにホームセンターで買い物をし、16号を自転車で帰る途中の出来事だ。時刻は18時少し前で場所は上星川あたりか?
横から、ものすごい怒鳴り声が聞こえビクッとした。ふと横を見るとトヨタのシエンタと思しき車が通り過ぎた。まさか俺に?と思ったが、そのまさかはたまにある。
16号はそこそこ混んでいて、しばらくすると、信号待ちをしているそのシエンタらしき車に追いつく。
暗かったので、半信半疑で後ろからナンバーを見ると相模ナンバーだった。
おかしい?横につけるとはっきり聞こえなかったが、また、いきなり怒鳴りつけられた。たまたまではなく、あきらかに私を狙って、そして私が誰かがわかってやってきたような気がした。
窓から覗き込むと20代~30代位の小柄な男が「端っこを走れ!」などと怒鳴ってきた。
売り言葉に買い言葉で「走ってるだろう!」と言うと一瞬ビクッとして、またなにか怒鳴りだした。
少し凄んであげたら、信号が青になったらしく泡を食ってギアを入れて走り出した。
しばらくするとまた追いついたが、今度は後についてナンバーをおぼえ携帯にメモをした。
メモをしているうちにその車は走り去った。
相模5×2ほ 8×5×と記憶した。
その後、保土ヶ谷バイパスの本村手前で同じような色のシエンタが出てきたがナンバーが違っていた。
しかし、あの連中の無法行為を毎日のように見ているとナンバープレートの偽造も…???
たぶんそのドライバーは長年私を狙っている公安か空手カルトのエージェントだろう。
シエンタは、思い出の車(2009年6月2日参照)で優しいイメージがあったのだが…

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