日々想うこと

日々想ったことを綴っています

2月28日 犯罪被害相談窓口のヤクザ

いままでこのブログに書いてきた内容の一部は、一昨年つまり2008年の4月16日に神奈川県庁のそばの県庁犯罪被害相談窓口に相談に行った際に箇条書きに書いた内容の一部をエッセイ風に書いたもので、書き方の巧拙はあるにしてもすべて事実です。

しかし残念なことに、相談担当者も犯罪者とグルだったことです。
相談員は初老の男性でしたが、事務員と目配せをし、一通り話を聞いた最後に私が持っていった箇条書きにしたメモをくれと言いました。メモをくれなければ相談に来た意味がないというようなことを言われ、渋々置いていきました。

しかし、その担当者に名刺をくれというと、「名刺は持っていません。」「持っていてもあげません。」などときつく言いました。その男は八柳と名乗りましたが、偽名かもしれません。

別の年の別の場所での初詣で、そのストーカーの一人が偶然写っている写真があったので見せると、あきらかに同一人物に見えるのに「あッ、これ違うよ!」などといい別の写真を見せようとすると「もういいから大切にとっておきなさい。」などと言い、逆に写真を撮ったことをたしなめられました。

そして最後に「お前、これ(メモ)持って警察に行ってみろ!」などともすごまれた。案内によると相談者は、県警OBとなっていましたので、やはりこの永く続くストーカーは県警の関係者か???

結局、その後数ヶ月で父親が入院し、書いた内容に関してもまったく変化が見られない(電話の盗聴、露骨な付きまとい、郵便物の検閲)。むしろ付きまといなどはさらに露骨になっています。

神奈川県の犯罪被害相談窓口が当てにならないとしたら…

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2月25日 スーパーのジェロ

夜、相鉄線を降りると、携帯を耳にあてた男がそばで何か叫ぶ。
ギョッとして見ると「なッ!30分で」などといいながら交番の横の坂を上って行った。

帰り道の途中のスーパーに入ると若い男の店員の服を着た男が「デル!」などと言う。買い物をすませレジへ行くと前にジェロのような格好をした男が小さい子供に「デル!」などと呼びかけていた。その後「ママ呼んで」「店長呼んで」などと女を連れて騒いでいた。
このジェロ、数日前にダイソーで黄緑の服を着ているのを見た。
さらにその数日前にも見たような気がする。
自転車で瀬谷区役所前でパトカーに呼び止められ防犯確認、職務質問、手荷物検査の後に、そばの公園で運動をし、図書館へ向かう途中で、前から女性が自転車で突っ込んできた。そのすぐあとに来た自転車に乗った男にも似ている。
気のせいか?

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2月22日 不思議な出来事

夜、風呂に入っていると外でつばを吐く音が聞こえた。
それで、ピンときた。
昨日、朝早く目が覚め新聞を取りに出ると、門のところから見えるアパートの一室の電気が消えていた。
昨年の春から夏にかけて、明け方トイレに起きた際に新聞を取りにいくといつも電気がついていた。
ジャンプのラージヒルを見た後でまた寝た。
午後三時ごろだったか運動のために外出。
自転車で少し走ると「前のアパート」という男の声が聞こえた。
「今朝、新聞を取りに出た際に前のアパートを見たっけ。」
前にも一部を書いたが、夜間の自室内での一人エッチのことから読んだ小説の内容。
テレビの内容、パソコンのファイルの名から、手紙の内容、はいている靴下に穴の開いていることまで…まるで逐一どこかで監視しているかのように自宅内のことがこのように漏れてしまう。
今日の例だと。
今日は家にお客さんが来た。帰り際に私が門のところで「またいらして下さい。」と言ったが、夕方6時少し前に買い物に立ち寄ったマルエツ瀬谷店で、会計を済ませた後、レジのおばさんの方角からから「またいらして下さい。」と言って皮肉のこもった下品な笑い方が聞こえた。その際に食パンを買ったが、思わせぶりに「これで!」などとも言い「またおうつりください。」とも言ったように聞こえた。

一昨年の夏。父親が入院した後のことらしいが、向かいの家で風呂場の覗きがあったそうだ。
私と母親は、そのことを聞いたのはしばらくしてからだった。毎日のように午後から入院先に見舞いに行き夜9時ごろに家に着くという日々だった。
風呂に入っていてつば吐く音を聞いて、そういえばおかしいなあ、と気がついた。
何がって!
どこかで我が家のことをのぞいている人は、うちの前の家ののぞきは見てなかったのか?
私が見舞いに行っていたので休んでいたのか、さもなくば、その人またはその連中が覗きの犯人ではないか?

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2月20日 資生堂パーラーよお前もか!

オリンピック選手の服装問題で大騒ぎするのは彼らが国を代表する存在だからだとは、思います。
ただ、日本人の悪いところで大勢の意見が偏る、皆で袋叩きにする、これはよくないと思います。こんなことは子供の頃にすでに卒業しているべきことです。
今日は、国を代表する…とまでは行かなくとも、東京を、銀座を代表する喫茶店(レストランもあるようですが)資生堂パーラーの話を書かせていただきます。
二十年以上前から名前は聞いていましたが高級そうで一度も行った事がなかったのですが、気晴らしに母親を連れて行ってきました。

三時少し過ぎにビルに着き、エレベータにのるとメガネをかけた30代位の一人の女性があわてて乗り込んできた。
私は、案内板を見て、てっきり4階が喫茶だと思い4Fを押す。エレベータにはそれなりに慣れているつもりだったが、ここのエレベータはデザインがしゃれていて、開閉のボタンがどこにあるかわかりにくかった。
「何階にいかれるのですか?」と聞くと、その女性はハッと息をつき、何も言わずに3Fを押した。なにも話さなかったので、銀座通りにあふれていた中国の方かなとも思いました。
4階につくとボーイが「お食事ですか?」とたずねてきたが、喫茶は、3階だそうです。下りのエレベータが来るまでしばらく待つ。
三階へ着くと感じの良いウエイトレスに「ただいま満席で少しお待ちいただきますが…」と聞かれ名前を言い待つ。三組位まち、順番が回ってきてカウンターの隣の席に案内される。
席ではウエイトレスが椅子を引いてくれ、さらには椅子に上着をかけてくれ、さすがに資生堂パーラーだと感心したが、良かったのはそこまで。
席に着くと隣にいた20代半ば位のカップルの男の方が「しゃっくりが…」などと言う。少し前に母親が時折しゃっくりをしていたのを思い出した。さらになにかこちらの気を引くようなことを言うのでいつもの付きまといの下っ端かと思い、男の方を見ると、黒ぶちメガネでジーンズにネクタイ、お金のない大学生が精一杯おしゃれをしてるような感じで、顔はどことなくドラマの冬彦さんに似ていた。
注文をして、トイレに行きたくなったのでトイレに行く。席を立つとさらに「しゃっくりは脅かすとなおるよ」などという女の声も聞こえた。帰りにジャブのつもりで背後で小声で「冬彦さん」とささやくと、男は驚いたように「ごめんなさい!」と叫びだし、そのあと堰を切ったように連れの女性と話し始めた。
私が注文したマサラチャイというミルクティ。なんだかわからない枝のような棒がついていたが、持ってきたウエイターは何の説明もしなかった。

しばらくすると、目の端にウエイターが見え背後で「河原!(仮名)」と叫んだ。その名を聞いて、若いころにいた会社で、仕事中に私よりも激しく干されて発作を起こされた方のことを思い出した。
しばらくすると、だんだんこの喫茶のあらが見えてきた。横のカウンターでウエイトレスがこちらの反応をみるようにお盆を放り投げて大きな音は立てる、そばに来たウエイトレスに「土日はいつもこんな感じ?」と聞くと「土日は、いつも混んでます」と答えた後に「ケチくせー」などと言い出す。そうするとカウンターでは、またウエイターがガチャガチャと音を立てる。「忙しいのはわかるが音を立てるな」といおうか言うまいか…。
ミルクティは値段も1260円とそれなりにしたが、おいしかった
帰り際にそばの席の女が何か言ったが忘れた。
入った時には感じのよかった会計の女性は支払いの際にはなにかばつの悪そうに下を向いていた。
レシートの時間は15時59分とある。

スノーボードの選手の件は、テレビが大きく取り上げなければよかったが、彼は実績のあるプロ選手ということなので、オリンピックには向いていなかったのだろうと思います。
資生堂パーラーの件は昨年の11月21日には三笠会館のそばのカズマ珈琲や今年の1月9日には椿屋珈琲でも似たようなことがあったので、独自の問題ではないと思う。それはそのすぐ後に行った三越6Fの靴下売り場にいた男女の女の方が「洗いたくないのよ」を強調するように二度言ったことからもわかる。

しかし、仮に当局にそそのかされたにせよ、それなりのお金を取ってサービスを提供するならば、ささいなことではあるが、間違っても従業員にああいった態度を取らすべきではないし、どんなことがあっても利用客に不快な思いをさせない。それが老舗の気概とでも言うものだと思う。
ある解説者がいうのは、あのスノボーの選手は安全策を取っていればメダルはとれたが、あえて難易度の高い技に挑戦したそうです。彼には気概があったが銀座には気概がないのか?
些細なことだが、資生堂パーラーは少なくとも私の中では銀座を代表する喫茶店だ。
またいつか行ってみたいと思うので、意見を真摯に受け止めてほしい。

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大学病院の金ぴか先生

時は平成2年か3年。
そのころ格闘技をやっていてどうも右足の蹴りが左に比べて安定しない。左右の足の強さが違うのではないか?と思い色々と試行錯誤していた。
たどり着いた結論が足の親指の爪だった。幼稚園の頃に生爪をはがし、後から生えてきた爪は二つに割れている。
右に比べて左足に力が入らないのはそのせいではないか?
そうだ!大学病院ならきっと治してくれる!
と思い、マリア○ンナ西部病院へ。
受付にいた看護婦に事情を話すと、「形成外科!」と軍隊の命令のような口調でさっと横を指さした。
形成外科に行くと、カリスマ予備校講師として当時マスコミなどでもてはやされていた金ぴか先生のような医師が見てくれた。それだけでも印象深いのに、二日酔いのせいか顔が真っ赤だったのでよくおぼえている。
足の爪を見せて病院に来た目的を話すと、
「足の爪は皮膚が変化したもので…、爪をはがした時に皮膚に傷がついたのだろう…」
などと説明し、
「爪をみせなきゃあならない職業なの?」などとからかい半分のような口調で言う。
私が「空手のようなものをやっていまして、右足で蹴る時に安定しないので爪のせいではないかと思って来ました。」というとひどくおどろいた様子で「たしかにそれは関係がある…」しかし、「手術しても右のように良い爪になるかどうかわからないよ!」などと言い、最後に「そんなことよりも気合だ!根性だ!(根性とは言わなかったか?)」などと大声で叫びだした。そばにいた年配の看護婦にも「ネッ!先生がそうおっしゃっているんだから」などとなだめるように言われ、そのまま診察室を後にした。
非常に印象深かったが、その頃は「変わった医者だなあ」などと思っただけで爪を治すのはあきらめた。
それから二十年近く経った昨年の五月。
普通に買い物をしていただけなのに、付きまといと、レジの若い女の店員はガンを飛ばして来、サービスカウンターでそのことを言った際に出てきたYという副店長も態度が悪かった○ーヨーデーツーひなたやま店のレジで精算をした際に「いまさら、良いっていわれてもなあ。」という声がしたので振り返るとそこにいたのは、服装は地味だがその顔は、忘れもしないあの時の形成外科の金ぴか先生にソックリだった。
じっと私を見ていたが…、もしかしてこの男、医師ではなかったのか?
あくまでもいままでの色々な情報での推測だが、前回書いたでっちあげやいつも書いている付きまといの連中の仲間だったのか?

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2月12日 白髪三千丈とでっちあげ

白髪三千丈(はくはつさんぜんじょう)-誇張した表現の例とされる

今日、海老名の丸井の紳士服売り場で目の前の若い男のジーンズからいきなり尻がはみ出した。オエ!
それで書く気になった。
世の中には本当にくだらないダニのような連中がいて、他人のあらを探して…探すだけでなく、でっちあげて、誇張して他人を陥れて、何年経っても同じネタを使う。
それでいて、すました顔をして平気で暮らしている連中がいるから始末に負えない。

「女子トイレをのぞいていた」
2000年にわずか数ヶ月の試用期間で切られた商社の社長に言われた言葉だ。その少し後についた海外引越しの職場でも言われた。
ナニイッテンノ???
その時は気にも留めなかったが、最近になってようやく気がついた。
平成2年の春に学生時代にいた部活の春合宿へ一人で行く途中、千葉県某所のJRの電車内でトイレに行きたくなった。こまかいことは忘れたが、空いていると思ってトイレのドアを開けると若い女性が使用中だった。
後で自分でも似たようなことがあってわかったが、昔のJRのトイレは、カギをかけたつもりでもしっかりかけないとあいてしまう時がある。中途半端だと、外から見ると未使用に見える。
これを誇張して意図的に、のぞいた、とされた。
でも、そのことはずっと忘れていた。このことを知っているって???
そちらの方が怖い。

もう一つこんなこともあった。

「京浜東北線の中で痴漢をした」
はっきりは言わないが、学生時代の友人に誰かが言ったそうだ。たぶん…
‘98年の夏ごろだった。
石川町の郵便局でサンコーという会社のアルバイトをしていた時だ。日にちまでは特定できないがこれはある程度はっきり覚えている。横浜から石川町へ向かう京浜東北線の中で寿司詰め、というほど混んでいないのに、若い小柄な女が私の下半身に尻を押し付けてきた。意図的な感じがし、気持ちが悪かったので、すぐ自分から離れた。ほんの一瞬の出来事だったが、たぶんこのことだ。
こうやってでっちあげるのか?
その頃は、ハラとアサノというおばさん二人を先頭に、バイト中ちくちくといびられて、胃炎を起こしたほどだ。イビリというよりも洗脳的なもので、ハラやアサノが口にしていたのはその年の一月にやめた空手の玄和会の東大支部の連中や、本部の委員の名前だったが…関係は?

彼らのやり方は素人ではない。
でっちあげのやり方も、自在で相当慣れている。プロのやり方だ。
電車の中で組織的にそういうことを専門にやるところって?

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2月11日 安いだけなら

最近、パソコンを見に行くことにはまっている。
いまのパソコンは2003年秋に買ったもので六年以上使っており、一昨年あたりから時おり文字入力が出来なくなり、テレビを見ると画面が固まり音が途切れ途切れになる。
それでも金がないから自ずと慎重になっているのだが、過去二回はまったく気にしなかったCPUだのメモリーだのと少しずつパソコンの性能について見えてくると、大方の人はよく十万円前後もするようなものを一、二回で決められるよなあ、と思ってしまう。

昨年は液晶テレビを買った時も買おうと思ってから、何回も色々な家電ショップへ行き話を聞いたり、値段を比較したり、インターネットで調べたりして決めた。今は決めたテレビについて後悔はしていないが、ソニーにしたので録画の問題は残っている。
決める際はもちろん値段が大切だが、店の雰囲気も重要だと思う。
テレビを買った時は、○△○デンキのいつも閑古鳥が鳴いているようなところでその店を応援するつもりで買った。
前回説明を聞いた店員は良かったが、買った日に対応した店員は買うまでそれなりに対応が良かったが、買った後は手の平を返したような態度をとり、エコポイントの対応をした店員の態度も悪かった。
やはりお客さんが少ないのはそれなりの理由があるのかもしれない。
やはり客数の多いところで買うほうがいいのか?

弱肉強食というか、量販店も小さいところは大きなところに呑みこまれていくようだが、安さだけならインターネットを通じての無店舗販売が主流になるのだが、やはり実際に見て確認したいのでたぶんそうはならないと思う。
店員の態度の悪い量販店は自ずと淘汰されて行くと思う。

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2月2日 母べえ

日曜日にテレビで「母べえ」を見た。
人によって見方は違うだろうが、正直言って気が重くなった。吉永小百合さんはじめ役者が良かったので引き込まれて最後まで見たが、重いテーマだった。
戦前の特高警察が威張り散らしている様などを見ていて気分が悪くなった。
ある意味で警察の一部の体質は変わっていないのかもしれない。
一昨年他界した父親が、国立横浜医療センター入院中にリハビリ医のことを「あの人FBI」と言ったが、まんざら勘違いではないと思う。FBIというのはたぶん公安警察のことだろう。
父親はいわゆるアカでもなんでもない。戦争へも行き、東証一部上場企業で役員にまでなり、その後も70歳半ばまで関連会社の社長をつとめた人間だが、病院内では体の良い虐待を受けていた。
私もアカでもなんでもない。ただ、空手の先生が弁証法の本を武道の雑誌に連載中に繰り返し繰り返しすすめていたので弁証法の本は読んだことはあるが…。別に共産主義者になったわけでもない。
「共産党の本を読んでたからって、アカだなんて、まるで戦前だねえ。」
二年ほど前に露骨に求職活動を妨害された時に相談にいったある役所の年配の人が突然言った言葉だ。
私もこの10数年は露骨に、そして彼らがいうには25年位前から徹底的に尾行されていたそうだ。25年前ってその本を読む数年前からだからわけがわからない。
緩急を使い分けてはいるが、平成に入り表面上は変わっているが、特高警察の体質は公安警察に引き継がれ変わっていないのではないか?今頃アカだのクロだの言って、だいたい彼らがアカとはなにか説明が出来るのか?
冷戦時代の遺物ではないか?彼らの業務も事業仕分けを考えたらどうだろうか?
今日も地元のスーパーで買い物をしていると後ろで、映画の中の「贅沢は敵だ」のスローガンを掲げ、道行く人をチェックしていた意地の悪そうなおばさんたちの現代版のようなおばあさんが、レジで後ろに来て何事かイヤミを言っていた。
私は、父の最期のことを思い出しながら、「母べえ」を見ていた。

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