日々想うこと

日々想ったことを綴っています

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12月27日 白い巨塔

今年の初めでしたか、「白い巨塔」という本を読みました。
白い巨塔、から学んだ事は、
1.医療ミス等病院で不審な事があったと思ったら、解剖してもらえ!
2.病院という所は基本的に組織的な隠蔽体質があり、医師の世界といえども会社組織のように厳しい上下関係で成り立っており、医師はじめ職員は下手なことをしたら自分が干される可能性があるから病院側に不利益になるようなことは言い難い。だから、医療裁判は勝つのが、難しい。
3.たとえ有名な大病院でも、入院などの場合は、特に眼を光らせておけ!
でしたが、結論から言うとこれらの教訓を実際に役立てることは出来ませんでした。
物語には、対照的な二人の登場人物が描かれています。
腕はたつが立身出世の欲に取り付かれ、良心を持たない財前医師が出世し、善意にあふれ医師としての倫理感にもとづいて行動する里見医師が貧乏暮らしに甘んじている。こんな背景です。
印象的な場面は、医療ミスを犯した財前医師が、自分のミスをもみ消すために権力を背景に、裁判で証人として出た部下である金井や柳原医師の良心をも押しつぶし、ついには倫理観もねじ曲げてしまう、というところです。
父親を見てくれた二つの病院の特に二人の男性の内科の先生達には、私は里見先生のような方であってくれ!と心の中で何度も祈りました。しかし、私の眼から見ると里見でも財前でもなく、何かの権力に操られた金井や柳原医師だったようにも見えました。
本を読んだ当時、父はそれなりに元気でしたので、父のためというより将来なにかの時のため、と思い、二度ほどこの本を読み返しました。しかし現実には、この「白い巨塔」とでも言うような病院の前には、本で読んだことをまったく役に立てることに出来ず、自分の無力さを痛感しただけでした。
医師としての職業倫理に徹した里見医師が職場を追われ地方の小さな病院に転勤させられる、最後の方にこんな場面があったように記憶しています。
「白い巨塔」は昭和の名作だがその中に書いてあることは今の医療現場にも充分に通用する、とたしか神の手と称されている方の本に書いてありました。
最初の国立病院にも別の方ですが、神の手といわれる先生がいたようですが・・・。
私は、声を大にして言いたい。
父の病院での療養生活には不審な点がたくさんあった!
どうせ裁判になっても勝てないだろうから、その前になんとかしよう。
そう思っていましたが、結局何も出来なかった!
この心の葛藤を紛らすために、毎日色々なところを飛び回っているのかもしれません。

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12月26日 国立病院機構の葬式ごっこ

父の入院していた二つの病院へ通っていてわかったことがあります。
たまに看護師は多くの人の死に接しているので、たじろがないとか、なんだのということを耳にします。そして、それがあたかも人間的な成長に通じているかのような解釈もあります。しかし、私が見た限りでは、それは大きな間違いで、実際にはそういった痛みを自分のこと、自分の家族のこととしてとらえる能力が欠けているだけのような気がします。
能力が発達していない小さな子供や、もともと感じる能力の無いパソコンのような人間が案外看護師に多く、人の死を紙のような薄さでしかとらえられないだけではないかという感想です。
一つの例として、最初の国立病院のKという男性看護師は、七月の末に苦しんでいる父の吸引を終えた後に「みまかられました。」と言った後こらえきれないといった感じでフッと笑いました。その場で殴ろうかと思いましたが、そこは病院、しかも四人部屋なので、廊下に出てから注意をしましたが、謝罪はありませんでした。
誰かにそそのかされているようにも感じましたが、たとえそそのかされたにしても、言って良いことと悪いことの区別もつかない。まるで、よく話題になる中学校のいじめ事件の葬式ごっこのようではないか?そそのかしたほうも、真に受けて言う方も、小学生か中学生並みの判断力くらいしかない、こんな連中が偉いのか?

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12月21日 派遣切り、と、派遣切れ

派遣切り、のことが話題になっていますが、なぜ今頃脚光を浴びたのでしょうか?
今まで自己責任的なことを言われ続けていた人達が、この不況のせいでにわかにスポットライトを浴びせられ、ニュース番組で取り上げられるようになったのも不思議な気がします。
私も、つい最近破綻した会社を始め日雇い派遣的な働き方をしていた際に、前日に予約をとっていながら朝事務所に行くと、仕事を与えらず帰された経験が数度ありました。これも日雇い版ですが派遣切りです。
また登録はしたものの一度も仕事の紹介をしてもらえない事などは、5社以上あります。
一番ひどい例は、三年位前に大手派遣会社系の中年男性の軽作業が多いというところに登録した時です。仕事を待っていましたが数ヶ月たっても仕事の紹介が無いので、これ以上待っても時間の無駄と登録解除の申し込みをした際に、なぜ紹介しないのか?第三者から横槍を入れられたか?と質問すると、いままで感じのよかった20代と思しき女性社員が「そうやって○○(意味不明の外国人の名前)になるから仕事が無いんですよ!」と突然ぶちきれ、「以後、私ども○○○スタッフグループに登録しないで下さい。良いですか?」と、あたかも小さな会社の代表かなにかのような事をいいだしたことがありました。
これは、派遣会社ギレ!ですが、これに近い経験をしながら泣き寝入りをしている人も案外多いのかも。
ともかく、悪質な派遣切りの、の話題も一時的なブームにならないように期待しています。

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12月19日現代の教育に欠けていたもの

前回の続きになりますが、現代の教育に欠けているものは、一時もてはやされた論理的な思考能力などではなく、やはり心の教育ではないかと思います。
数年前のベストセラーなどに書いてありましたが、最悪なのは、頭が良くて心が無い人、ではないでしょうか!
本当に頭が良くて心が無いエリートが日本を背負って立てるのか?いや立てるわけがない!これは危険だ!とつくづく感じます。
詳しくは、いずれ書きますが、今回の病院とのやり取りを通じて、論理的な思考能力というものが確かに威力を発揮する事はわかりました。いわゆる詐欺まがいの手口でやられてしまったという気もします。けれども、だから負けた!という気はしていません。やられたから論理学を必死で研究しなくちゃあ!などとはさらさら思いません。結局出てきたのが、やはり心が大事だ、私が見た範囲内での医療の現場は病んでいる、という結論です。
おれおれ詐欺の手口を考え出し、何度も成功するような連中は、実に巧妙に人間の心理のあやをついて来ています。相当論理的な思考能力が発達しているのでしょう。
けれども彼らは一番だましてはいけない人達をだましており完全に常識の土俵を逸脱しています。
論理能力があり、大志もあって出世したが、心が無かった人の典型が数年前にマスコミにもずいぶんもてはやされましたが、最近はまったく見なくなったのは、まだ日本にも心が大切だと思っている人が少なからずいるからでは無いでしょうか?
ともかく現代教育に欠けていたもの、それは一部の唯物論哲学者が唱導する論理的思考能力などではけっしてなく、心の教育だったような気がします。

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12月17日 心

父親のことを通じて感じたことを言葉に表せば、やはり人間最後は心ではないかということです。いかに知識のある医師や看護師でも、心がない人間は、最終的には他人から信頼を勝ち得ないのではないでしょうか?
今回は正直言って心から信頼できる医師には出会えませんでした。
これはけっして医師全員が心がないとか、優秀な学歴の人間がみな非人間的だなどという極論を言っているわけではありません。
父親は意識が無くなるまで、得体の知れないリハビリ医にも、苦しいのに吸引をしてくれた看護師にニッコリ笑って丁寧にお礼を言っていた。その姿は子から見ても痛々しく、丁寧過ぎるから軽く扱われるのだという不満もありましましたが、結局最後までそれで通したので立派だったと思います。
答えがあるわけじゃあないから、正しいとか、正しくないとかいう問題ではなく、もちろん大きなミスは困りますが、今から思えば多少腕が悪くとも、最後まで相手に対して思いやりを持って接してくれれば、ある程度満足はしたのではないかと思います。
頭の良い人は沢山いますが、心がある人にはなかなかお目にかかったことはありません。

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12月7日 正直言って実感がわかない

いまだに父親がいなくなった実感はわいてきません。
時折、断崖絶壁のようなものが見え隠れするが、幸いそこにも落ちていません。
書きたい事は山ほどありますが、次回以降にします。

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