日々想うこと

日々想ったことを綴っています

10月29日 痰の吸引

父親が誤嚥性の肺炎で入院した日から気になっているのは、痰の吸引です。
激しく咳き込み痰が絡む音がすると、どうしても吸引が必要ではないかと思いナースコールを押す。吸引の現場を見ていると父がとても苦しそうなので、多少の咳き込みでも呼ばなくなった。
今は、ある程度吸引は自分でも出来るが、病院では看護師に任せることが多い。

吸引というのは必要なことだと思うが、実はされる側も大変苦痛を伴うもので、私も在宅に向けて吸引機を買ったりする流れで、自分で自分の鼻にカテーテルを突っ込み吸引してみたが、とても気持ちが悪く、耐えられたものではない。数人の看護師に聞くと看護学校の実習でやったそうだが、私が自分でカテーテルを鼻に突っ込んでやってみたと言ったら、そこまではやったことがない、と言って驚いていた。

偉そうだが、それは基本ではないか?
今年の初めに一時的に父に紙おむつを当てることになったが、その時も自分でも紙おむつをはいて一晩寝てみた。小便もそのまましてみた。介護や看護の素人でもこの位は当然やる。人に苦痛を与えるというのはそういうことではないか?

前の病院よりも今の病院の方が建物等は段違いにきれいで、それも看護の一つの大きな腕のうちだと思う。ただ、今の病院で気になるのは、吸引の圧力が強いこと、しかも一回の吸引の時間が長いように思う。7月に父が肺炎を起こして前の病院に入院した当初も、激しく吸引していたようだったが、一回の吸引の時間は今よりも短かったと思う。

今回、父が入院する前の日に訪問看護の人が来て、それこそ三十分位の間に二人で入れ替わり立ち代わりで相当な回数の吸引をしていた。素人考えではあるが、やりすぎだったと思う。
今日も、呼吸が荒く酸素の数値が低くなるのが気になったので、看護師に言うと「吸引します。」と言い、吸引してくれたが、それほど痰が取れているようには見えないのに長くやっているので「痰が取れてるの?」と聞くとやめた。
もちろん看護師のほうが慣れているのはわかるのだが、気になる。
どなたか、吸引について参考意見をコメントしてくれるとありがたいです。

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10月24日 謎のヨシダ

病院がまた揺れている。妊婦さんの受け入れ拒否の問題がクローズアップされている。東大病院もこの妊婦さんの受け入れを断っていた、と今日の新聞に出ていた。
マスコミに取り上げられるレベルではなくとも、病院に問題は多いと思う。
現在父親が入院している新しい病院は、自転車で行くと前の病院と同じ位だが、電車とバスで行くと20~30分位近い。距離的には自宅からはそれほど変わらないが、交通の便は自宅から良い。なにせ同じ区内だから。
今日は目は開いているが問いかけには返事はなかった。入院時からそういった感じ。
意識のレベルが家にいたときよりも一段下がっているようだ。7月に入院する前までは、もちろん「昼飯食ったっけ?」レベルの物忘れはあったが、認知症とかいうものとはほど遠く、前の病院に入院している時も言うことのつじつまが合わないこともあったが、さすがだな、と思わせることもしばしばあった。ちなみに父は名誉職ではあるが90近い今も上場企業の顧問だ。いつからそうなったか、というと前の病院の退院の日かもしれない。
前の国立の病院を退院する前に「泊まってってくれ!」と何回も言っており、退院する前日にも同じようなことを言うので「怖いのか?」と聞くとはっきりとうなずいた。これは約10日前のことだが、まともな会話のやり取りは、これが最後かもしれない。自宅に帰ってからはこちらが言うことはわかったが会話らしい会話は出来ていなかった。国立病院で「いじめられている!」と再三再四私に訴えていた父が退院の日にしゃべれなくなった。これは口封じではないか?
今日は病室を離れる際に「ヨシダ!ヨシダシュンペイ!」とか「ヨシダシュウヘイ!」いう看護婦の声が背後から聞こえたが、ヨシダというのは前の病院にいた謎の研修医の名と同じで、入院時も聞いた名だ。
なぜ?この病院は系列ではない。
病院が危ない!

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10月22日 医療関係者のタイプ

昨日もそうだったが特に前回父が入院した際に病院まで運んでくれた救急救命士の人達は、実にきびきびと動き手際がよく、一瞬「カッコいいな!」と思わせるほどだった。
しかし、病院に着き彼らの役目が終わったとたんに、ヘラヘラ笑いながらストレッチャーを片付けている後姿は「なんだ引越屋のあんちゃんと変わらないじゃあないか?」と、引越し屋の経験がある私には正直そう思った。
考えてみると引越屋でも、医師、看護師である意味で通じるタイプの人がいると思う。
1.手際が良くて仕事が出来る、けれども態度は悪い。
(これは、言い換えれば腕が良いということです。実際に腕のいい人は、なかなかいないでしょう。
医者で言えばとっつきにくくても治してくれる人が一番。)
2.仕事はたいして出来ないが人当たりが良い。
(医者でも専門や場合によっては患者に安心感を与えるために良い場合もあるし、看護師なんか緊急の場合は別として、患者や家族にプレッシャーを与える人はあまりウエルカムとはいえない気がする。けれども腕が悪いのは医者だったら殺されたらかなわない。)
3.困るのが、引越屋にはいないが、学歴は高くてその分野の専門的な知識も持ち薀蓄も語れる。けれども実際には現場の経験が少なく用をなさない場合。
けっこういるでしょ。
こういう人は、迷惑ですから現場に出ないで、本でも書いているのが無難、かな?

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10月21日 また振り出しに

また父親が救急車で運ばれ以前と別の病院に入院した!
ようやく退院して一週間が過ぎようとして寝たきりではあるが日に日に父が帰ってきた喜びを実感していたところだった。
会話はしないが、比較的安定していた矢先に、また発熱し、痰の絡んだような咳が出た。先週までは吸引すると痰が多く取れたが、今週に入ってからは痰が吸引しても取れない。
昨日はじめて来てくれた訪問看護の方は取り方が甘い、と指摘してくれたが、ゴボゴボと音がするほどには痰が上がってこない。
何が悪かったのかわからないが、深夜から悪化し今日になって緊急入院となった。
確かに、ある意味で病院に入れていれば安心だが、前の病院に入院し、歩けない、話せない、食べられない状態になってようやく帰ってきたのに、大船に乗ったつもり…にはとてもなれない。
救急車の中で救命士に言われました。
今の状態よりは少し良いとしても、こんな状態で退院させられたんですか?
それともご家族の強い要望でさせたんですか?
まったくついてないよな!親父。

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10月17日 痰は出るが熱は出ていない

父の在宅での療養が始まりやはり色々とあります。
入院中は午後の四時間前後しか見ていないのでわからなかったのか?自宅に帰ってから痰が増えたのか?はよくわからない。朝起きて口の中を覗くと痰がのどの入り口にびっしり詰まっていたりする。病院では一食しか見ていなかったが、家では三食。同じものばかり管を通じて胃の中に入れているのも考えてみれば不自然な気もする。のどが渇いたと言われれば何とかしなければと思う。思うけれども、口から飲ませることは出来ない。
不思議なのは病院にいた3ヶ月間、毎日のように37度台の熱が出ていたが、家に帰ってからは一度も37度台は出ていないこと。
病院では熱が出ると、機械的にやれ抗生剤の点滴だの、グラビットを経管で注入だのと後先考えずにやっていたけれども、本当に必要だったのか?空調の関係やストレス、はたまた窓のブラインドを降ろすだけで埃が舞い上がる環境で微熱が出ていただけではなかったのか?などと今は思う。
父が話せなくなっているのは薬を使いすぎて内臓が弱っているのではないだろうか?
または、病院での高齢者いじめのせいか?
確かに肺炎は入院時よりはよくなっただろうが、結局、義歯も良くならず、歩くことも、そして言葉すら満足にしゃべることすら出来なくなった。こんなことを言ったら怒られるかもしれませんが、急性期の病院なのに長引いたのは90歳近い人間の血液や内臓 などのデーターが欲しかっただけではないか?
いったい病院ってなんだろう?

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10月16日 退院の日

ようやく父親を病院から取り戻した。本当に取り戻したと言う感じですが時間が掛かりすぎた。
約3ヶ月ぶりの一家三人だ。在宅での療養が始まりました。
父親はいまだに満足にしゃべれない。今月に入ってから日に日にしゃべれなくなった。
退院の日に歯科の先生が来てくれた。一昔前のアムラーといった感じの方だが、私の世代にはアユやアムロは受けない?コムロファミリーの一員か?
入れ歯を最終調整しに来たようだが、不思議な気がした。今まで誤嚥が怖くて義歯の作り変えや手直しを躊躇しているはずだったが?父の口に徐々に固まるという材料を使ってくださったという義歯を何度も入れている。
病院を出る際にナースステーションで見たことのある医師がガン(笑)を飛ばし、何か小声で叫んだ。入退院の窓口からは男の声で「知人の紹介でここに来たの!」という声がしたようだったが、この病院を選択しつれてきたのは、初対面の救急車の救命救急士だが、最初から最後まで不審なことが続く。
介護タクシーで帰る途中父が気持ちが悪いと言い出した。救急車で運ばれた日のことを思い出し、怖くなり、思わず酸素マスク積んでないですか?と聞くとあるけれど、いつも使っている量を教えてくれと言われた。わからないので病棟へ自分で電話をしてみた。電話に出たのは先ほど笑顔で見送ってくれた主治医の一人の先生だが、具合が悪くなったので酸素を使いますが…、と言うと冷淡に、はあ?もう関係ないでしょ?とでも言うような口調だった。真面目な先生だったので悪く書きたくはないが、そういうところがある。ともかく酸素の量を聞いて一応落ち着いた。
家が近くなると、今度は痰が出てきたようだ。病院を出る前に一度吸引をしてきたのに妙だなとも思ったが、ともかく自宅に着くなり口の中を見てみた。かなり大きな塊の痰が口の中にあった。違うかもしれないが、入れ歯の材料ということはないか?とすれば退院すればどうなろうが関係ないと言うのか?思い過ごしなら良いがいまだにわからない。
ともかくありがとうございました、と挨拶はしてきたが、心の底からお礼を言いたかった!



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10月13日 病院があぶない!

最近忙しくてニュースをじっくり見る暇が無いが、エチオピアだかどこかで日本人の女性医師が誘拐されたようです。今までイラクなどで現地などのテロリストグループに誘拐された人々の姿をマスコミを通じて見てきましたが、捕虜となった人達の家族の苦悩が最近ほんの少しわかったような気がします。
得体の知れない連中がうろつく病院で、80代後半で歩けない、満足にしゃべることも出来ない父。
ここ数日はなんとか話そうとする力も衰えてきた様子。「怖いのか?」と聞くとうなずきました。
私はなにがしかの嫌がらせを受けていると思います。
病院のスッタッフが自主的にやっているとは思えないが、主治医や看護師長に言ってもまったく相手にされず、「一週間位前に柵に重い金具のついたベルトでくくりつけているところを見てはずさせた」といっても、「それはだいぶ前のことでしょう?」と言って師長さんにとぼけられたこともあった。
最初の頃いた研修医という男は、本人は否定したようだが私が嫌気がさしてやめた団体のT大の人間によく似ていた。彼らは私のことを執拗にうらみ続けている。その一員かもしれない人間が入院早々から父の主治医にくっついていた。
病院では色々と在宅に向けてのことを教わった。ただ、それはそれとしても父の現状を見るととても素直に感謝できない。
病院が危ない!

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10月12日 嚥下障害

最近自転車で病院まで行っています。ホームセンターで一万円の自転車を買い、片道一時間弱かけて行きます。安い自転車なのでギアなどというしゃれたものはついていないので坂道はなるべく避け、仕方がないときは降りて押しています。
病院で色々な方が嚥下機能というものも筋肉の一種だというようなことを言っていますが、車椅子を使い、あまり歩けなくなった父親が嚥下機能が衰え、誤嚥性の肺炎にかかったというのも理屈では成り立ちます。
今日、帰りにいつもは押して歩く坂道を途中までですがこいでのぼり、家に帰ると太ももがはると同時にのどの辺りが締まったような感じがしました。やはり足とのどの筋肉、つながっているのかな。

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10月11日 入院の日から・・・

退院の日が近づいて来ているが、父親の言うことが日に日にはっきりしなくなってきた。
思えば父親にとって屈辱的な入院生活だったと思う。
私にとっても救急車で付き添って病院に着いた瞬間から変だった。救急車から降りる瞬間に救命士の一人がなんの事か「フチョウさん」と背後からつぶやいた。
父が救命室に運びこまれた際も妙だった。私の後ろで若い白衣の男がヘラヘラ笑いながら「ソウウツ」などと言い。問診した看護婦も問診の前に「突然変わる!」などと小声で言い、研修医という眼鏡の長身の若い男は使っている薬の数がお薬手帳と合わないとしつこく私に絡んできた。
昼食をとった時だったか「チエッ丈夫!今回は助けてやる!」などと入り口付近でつぶやいた数人の若い男達がいたが、数日前にも似たような台詞を聞いた。これが万が一私に投げかけた言葉ならこの男は気が違っているとしか思えない。どうしてかって?常識でわかるだろう?
酸素マスクをつけた父親の病室に午後四時半ごろに入ってきた数人の男女はまるで緊張感がなくヘラヘラ笑いながら「イチリュウドウ」とか「二リュウドウ」などと言いながら心電図の機械をいじくって出て行った。その直後から父が激しく咳き込んだので、不審に思い担当してくれていた男性の看護師に質問すると、少しとまどったように「誘導を変えただけです」と説明してくれたが、どうも不自然だった。
入院日から診ていただいている先生に数日後から常についていた別の研修医という男はどこかで見たような気がした。
まったく最初から変なことばかり。これで病院のスタッフを信用しろって言うのも無理だよ。

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10月10日 まづは、そこから!

父親の退院の日が近づいていますが、あまり調子が良くありません。
微熱が続き、先日、先生からうかがった話では、また肺に少し陰が出ているようです。
経管栄養を注入中に管を抜かないように手かせをつけられたことや、以前も得体の知れない連中がうろついていたせいもあって精神的にも相当参っているようです。
この数日まともな話も出来なくなっています。
入院先は戦前からあるという古い病院で、網戸なども埃がたまっていて、おまけにすぐそばの交差点は県下でも有数の交通量の多いところだそうで、決して環境はよくありません。
最初の頃は見舞いに行くと夜のどや肺が痛くなったほどです。
病院というのは変なところで、感染防止だの何だのと言うくせに網戸に埃がたまっている窓を開けていたりする。そういったことはこの病院だけでなく、以前掃除のアルバイトをしていた大学病院にもあった。患者さんが使う食堂の目の前にあるシャッターに埃が高々と積もっていて気になるから、そこを掃除したらアルバイトの上司から「そこは契約に入っていないからしなくていいよ」などと言われ、そのシャッターを管理している売店のおばさんからは「変なところに気がつくのねえ!」などと嫌味を言われたりした。
病院って本当に患者のことを考えているのか、ただ金を稼ぐ手段か何かとしてしか考えていないのかはなはだ怪しいと思うことがままある。
看護とか感染防止の学問もあるようだが、これも一種の頭隠して尻隠さずの類か?
私は掃除も苦にならないから平気でやるが、そういったことも病院側からすると面白くないようだ。
まづはそこからだろ!

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10月6日 口腔ケアの困難さ

誤嚥性の肺炎というのは本当に怖い。
今、父親は口から物が食べられないので、管を使って栄養を採っている。父が病院で使っているのはCZ-HIという経腸栄養剤ですが、他にも色々なものがあり、中には保険がきく物もあるようですが、違いもわからないのでとりあえずCZ-HIで行こうと思っています。
口から物が食べられなくても口の中が、結構汚れ、舌の皮なんかすぐむける。そういった物も含めて口の中の雑菌や飲み物などが間違って肺に入り込んで肺炎を起こすらしい。
口の中が汚れるので一日何回か口の中を誰かが洗わなければならない。スポンジが棒の先についたブラシや、柔らかめの歯ブラシを使い掃除するが、これが中々難しい。
普段は水やお茶でやるのだが、先日、父が何か飲みたいと言い主治医の先生が少しなら飲ませても良いと言われたので、スポンジに乳飲料の類を含ませて口腔ケアをしてみた。
痰の吸引が自分である程度できるようになったので、のどの辺りに残ったら吸えば良い位のつもりでやり、実際に早めに吸引したが、残念ながら口の中に残り夜間誤嚥したらしく高熱が出たようだ。
プロの医者でもつい情にほだされて少しぐらいならと言ってしまうぐらいだから、家族はなおさら難しい。八月でしたか、自分でスポンジブラシに麦茶だったか飲み物を含ませて吸って見ましたが、味気ないものでしたよ。あの程度でも高熱の元になるとしたら本当に恐ろしい。
看護婦さんから教わったのは、水分を欲しがったらガーゼに水を含ませて絞ってから口の中に入れるというやり方です。
うまくやっている方、何か教えて!

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10月3日 暴力団的看護学

ひとまず父親の退院の日が決まりました。
ご家族が病院に入院された経験がある方ならたぶん納得していただける方も多いと思います。面会に行き、病院に家族を残して帰るのが不安になり引き帰したくなる。
特に父親が8月まで4人部屋にいた際に、動けない父親の同室に自由に歩き回れるガラの悪い男たちがいた時はそうでした。個室に移すように看護師にお願いしましたが、一杯だと言われ、聞き入れられませんでした。
8月の後半、師長さんが連れてきた初老の糖尿病の患者の男は態度が大きく、自分の立てる物音には鈍感で、わがもの顔でオリンピック中継を大きな音で聞き、それとは反対に同室内の少しの物音でも大げさに反応していました。気の小さそうな男で、私にも背後から色々と小うるさいことを言ってきました。気がつくとベッド内で頭を反対に向けて寝て、こちらの会話を聞こうとしているような時もありました。テレビの時は注意をしようかとも思いましたが、相手も病人ですし、私が帰った後に父親に何かされたら…とも正直思いました。けれども糖尿病の担当医らとは親しげに話していました。聞き間違いか医師もこの男の大きな態度を黙認しているようでした。というよりけしかけているようにも思えました。
8月末に父親の言うことがおかしくなったので地域連携室の方に言うとなぜかすぐに個室に移されましたが、9月上旬退院予定というこの男の名札は、父が個室に移った日になくなっていました。

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10月1日 イメージと手技

毎日のように病院へ行き、数回父親の痰の吸引をする。
最初は怖かったが、わりとすぐに慣れた。わりとすぐといっても、やり始めてからすぐというだけで二ヶ月近くは看護師達がやるのを見るだけだった。最初は、事故が無いかどうかチェックするつもりもあったが、すぐにやり方にも興味をもった。それが生きたとも思うが、まだまだ当然形だけです。
しかし、やはり目で実際に見ることが大切で、そして実際に行うこと、見てもらうこと、そうした中で文章で書かれたものが生きてくると思う。上手い下手はまだわからない。
本だけ読んで「よっしゃあ!」と思うのも勝手だが…。
また「見せると盗まれる!」と言って逃げてしまうのも勝手だが…。
ちょっとね。
これがわかるのにどれだけ苦労したことか・・・。

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